![]() |
|||
| 3 「行くぜ、カズエさん」 「ええ」 ジンは、カズエの返事と共 に海上にヴァルゼリオンの姿を現した。そこはイスルギ重工の東南アジア支局の一 つ、マレーシア工場の港だった。ジンはそれを確認するとゆっくりと岸を目指して足 を進めた。足を動かす度に港を航行している船が転覆しそうなくらいの波を受けてい た。ジンはそれを横目に見て、ある事を思い出す。 「なあ、カズエさん。つまんない事聞くけど怪獣映画の怪獣ってこんな感じなのかな ?」 「何、本当につまんない事言ってんのよ。冗談言ってる場合じゃないでしょ」 「それもそうだな」 そう言ってジンは足を速める。そして岸にたどり着き、体を水中から出し、港に仁 王立ちになる。 それを見た職員達は突然の特機の襲撃にあわてふためき、我先にと逃げ出した。そ れを見てジンは、カズエに声をかける。 「カズエさん。準備はできてるか?」 「ええ。もう完璧よ」 「よし、じゃあ・・・・」 ジンは一度首を動かし、軽く深呼吸をし、大声で叫ぶ。 「イスルギ重工 東南アジア支局 マレーシア工場の職員全員に告ぐ!!」 ヴァルゼリオンから突如聞こえてきた声に全職員が一種動きを止めヴァルゼリオン を見上げていた。 「俺は、現在地球連邦政府によりSクラスのテロリストとして国際指名手配されてい るジン・イスルギだ! 俺の要求はただ一つ!ここにいる全職員の工場からの撤退と工場の設備全ての『接 収』だ!もしこれが聞き入れられない場合、この工場を全て破壊させてもらう!その 際、職員の生命は保証しない!制限時間は今から十分だ!」 ジンの横暴としか言えない要求はすぐさま受け入れられた。その証拠に目の前の建物 などから大量の人間が必死の形相で走っていくのが確認できたからだ。その様子を ヴァルゼリオンのカメラアイごしに見ていたカズエは溜息をついた。 「はあ〜っ・・・。これじゃあ、あたし達本当に犯罪者ね。もう無実だなんて言えな いわ」 「しょうがないさ。これもイスルギを潰す為だ」 「それはわかってるんだけどね・・・・・。あ、もういいみたいよ。人の動きが無くなっ たわ」 「よし、じゃあ手筈どおりに行くか」 そう言ってジンは管制塔の一つに向かって足を進める。だがジンは一、二歩踏み出 した途端、突然動きを止めた。 「どうしたの、ジン?」 「上から来る・・・」 「え?それって―――」 「決まってるだろ!敵だ!!」 その瞬間、ヴァルゼリオンの頭上から何かか飛んできた。ジンはそれを難なく避 け、上空を見上げた。そこにはイスルギ重工製のAMの一種で、砲撃戦用に特化され ているバレリオンが3体飛んでいた。彼らはジンを中心に扇状に展開し、ジンを包囲 していた。 「ちっ、パトロールに出ていたのがいたのか」 ジンは空からこちらに狙いをつけているバレリオンを見て舌打ちする。だがその様 子からは失敗したといった様子は無く、むしろ喜んでいるかのようだった。 「ま、ちょうどいい。海の中でレクチャーしてもらったヴァルゼリオンの能力を試さ せてもらうぜ!!」 そういうとジンは左手を突き出すと、掌の空間がヴァルゼリオンの重力操作によっ て徐々に歪みだした。空間の歪みはすぐにヴァルゼリオンの頭と同じぐらいの大きさ になった。 「いくぜぇっ!!」 ジンは咆哮と共にその歪みを左掌から離し、それを右手のアッパーで殴り飛ばし た。殴られた歪みは弾丸となって高速で中央のバレリオンに向かって飛んでいく。 その光景の異様さに、バレリオンは一瞬反応が遅れ、頭部に付いているビッグヘッ ド・レールガンの砲身に歪みの弾丸の直撃を受けた。すると歪みの弾丸はバレリオン に接触すると同時に崩壊し、バレリオンの機体そのものを歪ませた。歪みによって砲 身はへし折れ、海に落下していった。 それを見てジンは歪みの弾丸を使った攻撃の効果の高さを確信し笑みを浮かべなが ら叫ぶ。 「ラッキーだな、機体への直撃じゃなくて。だがなあ、何度も幸運が続くか!?」 叫びながらジンは左手に歪みの弾丸を作る。しかも今度は単独ではなく、複数を連 続で作り出した。 「おらよっ!!」 ジンは複数の歪みの弾丸を生成すると同時に、殴ってバレリオン達に向かって撃ち だす。バレリオン達は既にその威力を身を持って理解していた為、必死に歪みの弾丸 を避け続けた。 だがバレリオンに乗っているパイロットも素人ではなかった。彼らはジンの撃つ歪 みの弾丸を避けながらも、ミサイルランチャーを使い、ジンに向かって反撃をしてき た。だがその攻撃すらもジンにとって何の障害にもならなかった。 「カズエさん、ミサイルぐらいなら『アレ』で耐えられるよな?」 「確かにそうだけど、あまり無茶しないでよ」 「わかってるさ」 ジンは、目前に飛んでくるミサイルに対し防御行動を取らずに立ち尽くす。だが ―― 「行くぜ!『グラビティ・テリトリー』展開!!」 ジンの叫びと共に、目前まで来ていたミサイルが、ヴァルゼリオンの機体に触れる 事無く爆発した。そればかりか爆風もヴァルゼリオンに向かわなかった。その様子を 見ていたジンは嬉しそうに呟いた。 「成功したみたいだ。まさか、グラビティ・テリトリーまで積んでいるなんてな」 「当たり前よ。ヴァルゼリオンはエアロゲイターとの戦いの為に作られているんだか ら」 「ハハハ、違いないな」 ジンはカズエの自信に満ち溢れた態度に笑い出す。前の戦闘では自分の未熟さを嘆 いていた人物と同一人物だとはとても思えなかったからだ。 「なに、笑ってんのよ。いいから早く、あの敵をやっつけたら?」 「それもそうだな」 カズエに注意されたジンは笑うのを止めて、構えを取った 「機能の方のテストは終わったしな。今度は俺が、どれくらい動けるかだ」 そう呟いてジンは一瞬、体を沈める。そしてミサイルの無効化に驚いていて停止し た右方向のバレリオンに向け飛び上がった。だが、その飛行速度はガーリオンを一瞬 で落とした速度よりもかなり遅く、通常使用されている戦闘機程度の速度だった。 狙われたバレリオンは、たじろぐ事無く向かってくるヴァルゼリオンにビッグヘッ ドレールガンを撃ってきた。無論ジンはそれも想定をしていたが。 「あめえよ!」 ジンは、咄嗟にドミニオン・システムを使用して慣性を無効化して、自らの軌道を変 えて、弾丸をかわしながらバレリオンの背後に回りこんだ。 「教習所からやり直してきな!もっとも生きてたらだけどな!!」 ジンはバレリオンの胴体に強烈な左回し蹴りを入れる。更に蹴りが当ると同時にド ミニオン・システムで慣性を消し、右の回し蹴りも叩き込んだ。バレリオンは初弾で 吹き飛んでいたためカウンター効果を誘発し、バレリオンを刃物で斬ったかのように 両断した。 「次だ!!」 ジンは蹴り抜いた右足を完全に戻さずに、中央にいたバレリオンに向かって行く。 今度もヴァルゼリオンの速度は通常のものだったが間断なく攻めて来るヴァルゼリオ ンに、バレリオンは完全に反応できなかった。 「鈍いぜ!指に神経かよってんのか!?」 ジンは悪態をつきながら今度は拳を撃った。その拳は以前ガーリオンを撃墜したも のと同じで、バレリオン目がけ左アッパーと右のチョッピングライトがほぼ同時に放 たれた。その拳は左右ともバレリオンに突き刺さり、機体をまるで万力で潰したかの ように歪ませた。 「ラストだ!」 ジンは爆発しながら落ちていくバレリオンには目をくれる事無く残った最期の機体 を睨み、すぐさま間合いを詰める。 バレリオンは必死に後退しながら残っている武器を全て使って必死に弾幕を張り、 ヴァルゼリオンの接近を阻もうとする。だがそれは無意味な行為でしかなかった。ジ ンはさっきと同じように慣性を操作して、バレリオンのほぼ真上に回った。 「これで終わりだ!!」 そう叫ぶと共に、ジンはバレリオンの頭に高速の踵落しを叩き込んだ。バレリオン の頭部のレールガンは中心からへし折れ、機体のシルエットを著しく変形させながら 落下していった。そして戦況を確認したカズエがジンに話しかけてきた。 「終わったわね。ジン、体のどこかに変調は無い?」 カズエの言葉に、ジンは体を動かして確かめる。体に違和感は無く、気分も悪くは無 いし倒れる気配も無い。 「大丈夫だ。別に体には異常が無い。しいて言うなら少しばかり疲れたぐらいか」 「なるほど。それなら通常の状態なら、脳に大きな負担がかからないんだわ。だとし たらPSFを継続使用する事に問題があるようね。多分脳内のニューロンが―――」 「カズエさん。そんな細かい事は今言う事じゃないだろ?」 「あ、そうよね。ごめん」 「いいさ、それよりも行こうぜ。もたもたしてると、何時、連邦の奴らが来るかわか らないからな」 「わかったわ。じゃあ、こっちは準備をして待ってるわ」 カズエはそう言って通信をきった。ジンはそれと共に地上に降り、この工場の中央 にある建物に近づいていった。 4 「ふわぁぁ・・・・・」 ジンは口を大きく開けて、大きなあくびをするが、それを見たカズエが睨みつけてき た。 「ちょっとジン!あんた気を抜きすぎよ!!」 「あ、悪りい」 カズエのドスの効いた睨みに、ジンは口元を抑えた。 「まったく・・・。ちょっとくらい緊張感を持ったらどうなの?何時連邦軍がここに 来るかわからないのよ?」 「それはわかってるさ。一応ここは敵地だからな」 「一応もなにも敵地に決まってるでしょ?そうじゃなければ、あんたが言ってた『地 図』を、ネットに繋いでないここのホスト・コンピューターから取り出せるはず無い じゃない」 「そりゃそうだ」 カズエの苛立ちを察したジンは、以後、余計な口を出すまいと思い、口を閉じた。 ジンとカズエがいる場所は、二人が攻め込んだイスルギ重工の東南アジア支局、マ レーシア工場の中央棟の中にある支局長室だった。カズエはジンに言われて、この場 所からここのホストコンピューターに接続し、その中にある今後の自分達の戦いに重 要な『地図』とジンが呼ぶデータを検索していた。 カズエは、ディスプレイから目を逸らさずに検索終了を待ちながらジンに話し出し た。 「ねえ、ジン。本当に『地図』って役に立つの?」 「ああ。じゃなけりゃこんなオヤジ臭そうな所に来ないさ」 「そりゃねえ・・・。でもジンの言う事を信じないわけじゃないけど、なんでこれから の行動に『極東地域にあるイスルギ重工関連施設のデータ』が必要なのか、まだ理由 がわかんないのよ」 カズエはディスプレイ越しに、怪訝そうな表情をジンに見せる。だがジンはそれを 見ても大して深刻そうな表情を浮かべる事も無くカズエに言葉を返す。 「大丈夫だって。データ見れば、カズエさんにも、ここにわざわざデータ取りに来た 理由がわかるって」 「そう言われても・・・・・あ、開けたみたい」 カズエは、検索終了の表示を見て、出てきた複数のファイルを次々に開いた。だが いくらか開いてみても収支報告や部品受注などばかりで大した事が書いてなかった。 「ちょっとジン!何を開いても大した事書いてないわよ!これじゃあいくらファイル を見ても理由がさっぱりわかんないわよ!!」 その無意味に思える作業に苛立ったカズエは、ジンにその苛立ちをぶつけた。だ が、それでもジンは余裕のある態度を崩さなかった。 「いいから。開いて行けばわかるさ」 「まったく・・・・。何も出なかったらどうするつもりなの?あたし達このままだ と、単なる無駄足どころか―――」 「出た!!」 「え!?」 ジンは、何かがディスプレイに映ったと同時にカズエを押しのけるようにディスプ レイに詰め寄った。ディスプレイには、極東地区の地図と、そこに書いてある何かを 現しているらしい記号だけだった。 「よし、ビンゴだ!!これなら襲撃のプランが練れる!!」 ジンはその画像を見て興奮し、嬉々とした表情をあらわすが、カズエには今だ何が 起こっているかがわからず、困惑を隠せなかった。 「ちょっとジン!これがあんたが言ってた地図ってやつ!?一体なんなのよ、これ! ?こんなの見たところであんたが喜んでる理由が見当もつかないわよ!!」 「落ち着けよカズエさん、今から細かい事教えるから」 そう言ってジンは、カズエから奪い取っていたマウスを使って、地図上に点在して いる記号の一つにカーソルを合わせてダブルクリックをする。すると、画面上に別な ウインドウが出て、何かの建物の3Dモデルと何かのデータが出てきた。 「これは・・・」 「そう。これがイスルギが持つ総戦力だ」 カズエは、表示されたデータを見て、驚きの声を漏らした。そのデータはジンが言う とおり、イスルギ重工の有する戦力の詳細だったのだ。現在保持しているAMの数、 支局ごとの稼動可能なAMと人員の数、他支局からの援護にかかる時間といった物ま でもが事細かに記されていた。 「どうだカズエさん。このデータは、イスルギの上役しか見る事のできないもので、 社内でも極秘扱いのデータだ。普通だったら一生こんなの見る事ができないぜ?」 「確かにそうかもしれないけど・・・これをどう利用するつもりなの?」 「言っただろ?これは地図だって。これを使って俺達は今後のルートを決めるんだ」 「地図?ルート?ジン、あんたもしかして・・・・・」 カズエはジンの言葉を聞いて、ようやくジンの伝えたかった事が理解できた。だ が、それでもカズエは自分の結論を信じきれなかった。それはあまりにも常軌を逸し た事だったからだ。 「もしかしてあんたは、イスルギの支局を全部ヴァルゼリオンで壊滅させようってい うの?」 「そう。ようやくわかったみたいだな」 「やっぱり・・・・」 カズエはジンの言葉を聞いて、無謀な事を行なうジンに対しての驚きや怒りより も、ジンの事をある程度理解しているのにも関わらず、もっとも行いそうな事を考え もしなかった自分に対する脱力感だけだった。 しかし、ジンはカズエの様子を察する事無く話を続けた。 「もし、真っ直ぐ日本に行ってイスルギの全戦力を持ち込まれたうえ、自衛隊や連邦 軍まで呼ばれて消耗戦に持ち込まれたら、いくらなんでもこっちが持たないからな。 喧嘩と同じで、弱い奴からさっさと仕留めとかないとな」 「だからと言って、そのプランは時間がかかりすぎじゃない?全支局を回っている間 に戦力とか整えられたらまずいんじゃないの?」 「それだってわかってるさ。だからここからは、なるべく不眠不休でいくだけだ」 「不眠不休ねえ・・・・。無謀にも程があるでしょうに・・・・・」 カズエはジンのシンプルかつ無謀なプランにあきれて溜息をつきながら頭を抑え た。だが、その目にはジンに対する不信の色は皆無だった。 「でも・・・現状では一番可能性が高いプランだってのも確かね」 「ああ。もう俺達には他の手段を考える余裕は無い。後はヴァルゼリオンの力を、俺 がどれだけ引き上げるかだ。機体だけならイスルギの量産品なんかには絶対に負けな いからな」 「信用してくれてるのね。ヴァルゼリオンの事・・・・・」 「当たり前だろ?イスルギにはカズエさんみたいな天才はいないからな」 「ありがと。でも、ずるいわねジンも」 「何が?」 「そうまで言われたら、こっちとしても頑張らない訳には行かないでしょう?」 そう言いながら、カズエはジンの持っているマウスを取って再びコンピューターに 向かい合った。 「私はここからイスルギのデータを調べて、これから役に立ちそうなものを探してい るわ。ジンはその間に、食料とか水とかこれから必要な物をヴァルゼリオンに積んで おいて」 「いいのか?そんなにゆっくりしていて」 「何を言ってるの?こういう時に少しでも補給しておかないと、後で困る事になるで しょ?それにデータの検索の時間もあるんだけど、多く見積もっても30分ほどで終 わらせるから連邦軍も間に合わないだろうしね」 「さすがカズエさん。ビアン総帥に認められた天才なだけあるな」 「お世辞でも褒められるのは嬉しいものね」 「謙遜すんなって」 「あら、いい女は慎み深いものなんだから」 「ハハハハ、なるほど。確かにその通りだな。じゃあ、俺は食料品なんかを探してく る」 ジンは、そう言いながら、既に廊下へと駆け出していった。それを確認したカズエ はさっき以上に真剣な目でコンピュータに向かった。 5 「よし、これぐらいでいいかな?」 ジンは、薄暗いハンガーの中に入れていたヴァルゼリオンの内部の居住スペースの 中を見回して呟いた。そこには、まるで主婦が買い物から帰った後のように、ジンが 工場などから持ってきた荷物が雑然と置いてあった。 荷物の殆どは食料品や水で、ジンは工場で使っていたキャリアーなどを利用して、 20分ほどでヴァルゼリオンの生鮮品貯蔵用タンクをほぼ満タンに満たす量を運んで いた。 「これぐらいあれば十分だな。そろそろカズエさんを呼んで、こんな所から出て行か ないとな」 ジンは、居住スペースから降りて、カズエを迎えに行くべくハンガーの通路を駆け 出した。 だが、数歩走った時、ジンの背筋に突然冷たいモノが纏わりつく感覚があった。そ の冷たいモノは、背筋から徐々に全身に広がっていき、ジンの体から冷や汗を噴き出 させていた。 「これは・・・」 ジンは、一度、大量に冷や汗が噴き出す手に目を落とした後、すぐさま目を前に向け る。するとジンの目の前には、さっきまでは確実にいなかった一つの人影が立ってい た (この感じは・・・・間違いない、敵だ。しかも並の奴じゃない) ジンは、いつのまにか拳を握り締めていた。頭では無く体が、ジンに纏わりつく冷 たいモノに反射的に反応したのだった。 ジンには纏わりつく冷たいモノの正体がわかっていた。それは人間の、それも高度 な腕を持つ者だけが放つ『殺気』だった。 しかし、それがわかった所でジンの警戒心は少しも解けることは無かった。ジンは幼 少の頃から喧嘩を続けていた為、強い者とは何度も会っていた。だがこれほどの殺気 を持つ者などは、ほぼ存在しなかった。 唯一、これに似たようなモノを感じたのは、DCにいた時、示現流剣術の達人である ゼンガー・ゾンボルト少佐の持つ真剣を相手にした時だけである。それ以外は数十人 に囲まれた時にすら感じた事は無かったのだった。 (アレと同じくらいの殺気なんてな・・・。改造人間かなんかか?) ジンは徐々に纏わりついてくる量を増やしてくる殺気の主に対する警戒を強めなが ら、ゆっくりと歩みを進めた。それに呼応するかのように、殺気の主もジンに向かっ てあるって来た。 薄暗いハンガーの中では顔の確認はできないが、体格は確認できた。殺気の主は、体 格から言って男で、身長は自分とほぼ同じ190cmほどで、体つきもほぼ似てい た。少し違うところは自分よりも細身な所と金色に染めた髪の毛ぐらいだった。そし て何よりも、殺気の主には武器を携行している様子が全く見られなかった。拳銃を懐 に隠している事も考えられるが、それを考慮してもこの殺気の量は尋常ではなかっ た。 そして両者は、ついに互いの顔が見える距離まで間合いを詰めきった。それにより、 ようやく互いに相手の顔を確認できた。だがジンは相手の顔を見て驚愕した。 「お前は・・・ナオトを殺した・・・・」 殺気の主は、ジンの親友であるナオトを殺したイスルギの私兵の1人だった。だが ジンにはその男がどうしてここにいるのかがわからなかった。この男の左目と右腕は ジン自身が潰していて、とてもこんな早くに戦場へと復帰できる体ではなかったはず だった。 「ハハハハハ・・・」 困惑するジンの心を読んだのか、男は突然笑い出した。 「どうした?会長の息子。そんなに俺がここにいるのが驚いたか?こんな事で驚いて いるんだったら、あの会長の息子とは到底思えないな」 「なんだと・・・」 ジンは男の言葉を聞いて突然激昂し、表情を変えた。 「何が、会長の息子だ!!二度とその言葉を口にするな!!」 「何を怒っている。お前がレンジ・イスルギ会長の息子だという事は一生変わらない 事だろうが」 「だから腹が立つんだよ!!俺とあの男に血の繋がりがあるって事がなあ!!」 ジンは拳に込める力を一層強める。ジンにとって実父であるレンジは、嫌悪の対象で しかない。その為レンジと血縁関係にある事を指摘されると、反射的に激昂してしま うのだ。 ジンは血が滲みそうなほど握り締めた拳を胸まで上げ、構えを取った。それを見た男 は、口元を少し歪ませながらジンに話しかけてきた。 「何だ、その拳は?腹が立ったから、もしかして俺を殺そうとでもいうのか?」 「ああ!大体お前はナオトの仇だ!!あの時、逃げる為にトドメを刺せなかった分を 上乗せしてぶっ殺してやる!!」 「殺すだと?」 男はさっきまでの笑みを浮かべた表情とは一変し、ジンを突き刺すような視線を浴 びせながら拳を腹の所に上げて構えた。 「それはこっちの台詞だ・・・。腕と目をお前にやられて、義眼と義手にして以来、 苛つきが一度も止まらないんだよ」 「だったら止めてやるよ・・・・。てめえを殺してな!!」 ジンは感情の高ぶるままに男へ襲いかかった。ジンは、今度は男の左目を潰すべ く、顔面目がけて左の拳を弾丸の如き速さで振るった。だが・・・・・・ 「遅いな」 「なにっ!?」 男は、ジンの左拳を右手で軽く受け流すと、同時に素早くジンの左側面に回りこ み、右膝をジンの脇腹に差し込んできた。 「くっ!!」 ジンは、足での防御が間に合わないと判断し、拳を流された勢いを逆に利用して、 体をそのまま回転させて右腕の上腕部で男の膝を受け止めつつ、男が片足立ちで不安 定なの見計らい、男の左足目がけて右足で足払いを放った。 だが、男はジンの咄嗟の反撃すらも読みきっていたのか、ジンの足が当る前にジン の背中に左の掌低を突き入れた。 「うっ!?」 掌低の威力によって、逆にジンはバランスを崩し、前のめりに地面に倒れこんだ。 地面激突のダメージを最小限にすべく、ジンは咄嗟に受身を取ろうとする。しかし、 地面に倒れこむより早く、男が間合いを詰めて、倒れるジンの頭を目がけて膝と肘で 挟み込むように同時に突き立ててきた。 「くそっ!!」 ジンは、咄嗟に男の服を掴み、そこを支点にして一気に体を捻り、男の背中に蹴り を叩き込んだ。 「ぐ!?」 男はジンの蹴りによって体勢を崩し、攻撃が不発に終わった。ジンも無理な動きを 行なった為、受身を取る暇がなく、背中から地面に落下した。 背中に走る鈍痛を堪えながらも、ジンは即座に体を起こして数mほど間合いを取っ た。男の方にも多少の痛みはあったらしいが、影響するほどのダメージを与えたわけ ではないらしく、顔色一つ変えずにさっきと同じ構えを取っていた。 「『CQB』か・・・・」 ジンは、男の構えを凝視して舌打ち混じりに小さく呟いた。CQBとは『Close Quarter Battle(近接戦闘)』の略称で、銃火器を携行して行う格闘および白兵戦闘 用技術の総称である。 CQBは、一つ一つの技法自体に重点をおかず、その時々の自分や周囲の状況によっ て千差万別の戦術を見せ、いかなる相手に対しても優位に立つ事ができるのだ。 今、男が見せた動きはCQBにおいての素手格闘の基本で、相手の突進を払い、左 右から掌低・膝・肘を使用しての対人制圧を行うものである。 圧倒的な打撃攻撃によって相手を撃破するジンのスタイルにとっては少々厄介な相手 だが、相手のスタイルさえわかれば、対処方法はいくらでもある。CQBは、強い事 は強いのだが、無敵というわけではない。ジンは頭の中で幾つもの対処方法をシミュ レートしながら間合いを詰めるべき一歩足を踏み出した。 しかしその時――― 「!?」 ジンは一瞬自分の目を疑った。男が、自分を目の前にしておきながら構えを解いた のだ。男はそのままジンに背を向け、格納庫から出ていこうとした。 「ま・・・待てっ!!」 男の唐突な行動に、ジンは一瞬あっけにとられたが、すぐに我に帰り去って行く男 を追った。 「止まれ」 「なに?」 男が呟くと同時に、ジンの目の前で爆発が起こった。ジンの体は爆風を喰らい、1 0mほど吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。 体中を痛みが覆うものの、何とか受身を取ってダメージを最小限に抑えたジンはすぐ さま起き上がり、男を追おうとした。 だが、それは不可能だった。ジンの目の前には今の爆発によってできた瓦礫の山が通 路を埋めていた。 その瓦礫の山を見て、ジンの頭に嫌な想像がよぎった。もし、あの男の目的が自分と カズエとの分断だとしたら・・・。そう考えるとジンの体をさっきとは別の冷や汗が流 れていった。 「くそっ!あの畜生が!!」 ジンは必死に瓦礫をかき分けるが、その量は大変な物で、男がカズエの所に辿り着 いて殺すまでの間に通路を確保できる事は完全に不可能だった。 自分の手を、今だ高熱を発する瓦礫で傷つけながらも、ジンはカズエを救おうと必 死になって瓦礫をかき分ける。 その時―― 「精が出るな」 「え!?」 瓦礫をかき分けるジンの腕はその声を聞いて止まってしまった。その声は間違いな く、さっきの男の声だった。 男の考えが全くわからず混乱するジン。男はそれを察したのか、笑い声まじりでジ ンに再び語りかけてきた。 「十分だ」 「なに?」 「今から十分だけお前に時間をやる。その間に、お前が俺の指示通りの事をできなけ れば俺はあの女を殺す」 「なんだと!?ふざけるのも大概にしろ!ぶっ殺すぞ!!」 「殺してみろ。そこからお前がどうやって俺を殺すか興味がある。もっともヴァルゼ リオンを使ったら、すぐさまあの女を殺すがな」 ジンは男の態度に拳を握り締めて無言で激昂する。だが、この瓦礫で隔てられてい る以上、今のジンにはどうする事もできないのは明白だった。 それは男も理解しており、ジンの事を嘲笑する笑い声をまじえながら話を続けた。 「ハハハ、どうやら自分のできる事を理解したみたいだな。わかるよ、お前の顔が見 えなくても。悔しそうに涙をこらえる顔がわかる」 「くだらねえ事言ってんじゃねえ・・・・。それよりさっさと何をするか言えよ」 「それもそうだな。お前には――」 その時、突然振動と轟音が基地の内部に響き渡った。ジンは一瞬転倒しそうになり ながらも倒れないようにと必死に堪えた。 「来たか。やはり連邦は動き出すのが遅いな」 男は独り言のように文句を呟いたあと、ジンに再び語りかけてきた。 「今の振動は、連邦の部隊がついた音だ。ほら、指揮官の声が聞こえてくるだろう ?」 確かにジンの耳にも声が聞こえていた。だが、そんな物は今のジンにとってはどう でもいい代物だった。男もそれがわかっているのか、外の声を無視して話を続けてき た。 「さっき言おうとしていたのは、今降りてきた部隊と戦えって事だ。お前があいつら と交戦してから十分以内にあいつらを全滅させたら、俺はあの女を殺さないでやる。 簡単だろ?」 「何だと?あいつらはお前の仲間じゃ―――」 「そんな事 「そんな事はどうでもいい事だ。それとも無駄話している間に、あの女を殺しに行っ てもこっちはかまわないんだぞ?」 「グ・・・」 ジンは込み上げてくる怒りを抑えながら、踵を返して歩き出した。どう考えても、 カズエを助ける方法があの男の言いなりになるしかなかったからである。湧き上がる 屈辱と怒りを堪えながらジンはヴァルゼリオンの元へと向かった。 「おい」 二、三歩歩くと背後から再びあの男の声が聞こえてきた。 「俺の名前はキョウシロウ。キョウシロウ・ミナガミ(皆上 響士郎)だ。覚えてお いたほうがいいぞ、それがお前の友人を殺した男で、今からお前の女を殺すかもしれ ない男の名だからな」 「なんだとっ!!」 「とりあえずせいぜい頑張るんだなジン・イスルギ。いやレンジ会長のご子息殿」 「てめえ!!」 「ハハハハッ!じゃあな」 そう言って男、いやキョウシロウは笑いながらジンから遠ざかっていった。 「・・・・・クソッ!!」 ジンは叫びながら、近くにある手すりに蹴りを入れた。鉄で作られているはずの手 すりはジンの蹴り一撃だけで形が歪んでしまった。 ジンはそばにある物に対しところかまわず当り散らしながら叫ぶ。 「あの野郎、何のつもりだ!?ナオトを殺しただけじゃなくカズエさんまで殺すだと !!」 今のジンの心はさっき以上に怒りで埋め尽くされていた。込み上げてくる怒りを発 散させる為に目の前の物を壊しまくった。そうでもしなければジンは、怒りでどうに かなりそうだったからだ。 そしてその怒りの対象は、そばにあるものから別な物に移っていた。 「上等じゃねえか・・・・。殺ってやるよ!連邦の部隊を!!その後はおまえ自身を 血祭りに上げてやるぞ、キョウシロウ!!」 |
|||
| SEO | 花 | 無料レンタルサーバー ブログ SEO | |