東京魔人学園剣風帖「剣姫変」

第零話外伝【究極の飴と鞭】




「う・・・わ・・・・す、凄い・・・。」



新居のドアを開けた聖の第一声は、こんな一言であった。



4月6日、快晴。
この日、皇海聖は文京区内のある高級マンションを訪れていた。


織部姉妹の願いを受け、この東京で悪(物凄くアバウト)と戦ってゆく事を決
意した彼女。
しかしそれを決めただけで、この話が終るはずもない。



・・・本当に大変なのは、ここからだった。

織部姉妹との話の後、聖はその報告を兼ねて実家へ電話を入れた。
熊本を出て約5日・・・ずっと音沙汰なしの現状で、きっと母も心配している
筈だと思ったためである。

その時のエピソードを思い出し、突然聖は苦笑いを浮かべた。


(それにしても・・・あの時の母さんといったら、物凄かったな・・・。)


――――――――。


――――――。




「この・・・・・放蕩娘がッ!!!!」



母・椎奈からの凄まじい怒号に、聖は思わず受話器から耳を遠ざけた。


「ちょ、ちょっと母さん・・・・落ち付いて・・・。」


一瞬の静寂の後、盛大な溜息を挟んで椎奈の説教が始まる。


「・・・これが落ち付いていられますか!!
 ”ちょっと東京に行って来る”なんて馬鹿な事を言って出かけたかと思えば、
 5日も連絡を入れないで・・・!! 
 私がどれだけあなたの事を心配したと思っているのですか!?
 しかも、ようやく電話をしてきたかと思ったら・・・・今度は言うに事欠い
 て”東京で暮らす”などと・・・。
 まったく、あなたはどうして・・・いつも考え無しに行動するのです!?」
 

聞く耳持たず。
・・・いや、弁解の余地無しと言った方が適切かもしれない。

少なくともあの時は、己の内にある確固たる決意で東京への旅行も・・・そし
て悪を倒すべくこの地に留まる事も決めた、これだけはハッキリと言える。
無論、今更後悔などしていない。


だが・・・そのせいで母に迷惑と心配を掛けてしまった事は紛れも無い事実。
聖も流石にこの点を指摘されてしまっては、ただただ苦笑いをするしかない。


「いや、それはね・・・・だから・・・。」



突如言葉をどもらせた聖を、眉をつり上がらせた母の一言が一蹴した。

「・・・・なんです?
 言いたい事があるならハッキリ言いなさい。
 思いは言葉にしなければ伝わらないと、常日頃から教えているはずです。」


受話器の向こうからでもひしひしと伝わってくる椎奈の怒気。

母の言う言葉の一つ一つが、棘のように聖の胸に突き刺さる。
だが彼女の方が一方的に悪い為、仕方のない事ではあるが。


「こ、こんな事になってしまって・・・・ごめんなさい。」


これ以上母を怒らせても自分が不利になるだけ。
そう思い、聖は素直に謝罪の言葉を口にした。

受話器の向こうから、今度は柔らかな溜息が洩れる。



「・・・・よろしい。
 これに懲りて、以降はこのような愚行は行わないようにするのですよ?  
 それにしても・・・。」


まだ何かあるの?
聖は思わずげんなりした。


「東京に留まる事に関しては・・・・。
 ・・・よく・・・・決意しましたね。
 それでこそ我が娘です、皇海流は人を陥れるのではなく人を護る事こそが
 信条。
 理不尽な悪に屈する事は、どのような事態になろうとも決して許されないの
 です・・・存分に今までの修行の成果を発揮し、そこに住まいし人々を救う
 のですよ。」
  

「う、うん・・・分かったわ・・・母さん。」


今度はどんなキツイ言葉が飛んで来るのかと思わず身を堅くしていたが、事の
ほか優しい声が受話器から返ってきたため、聖は思わず胸を撫で下ろした。
取り敢えず、東京在住の件は許してくれたらしい。

椎奈が話しを切り出す際、若干の間があった事に彼女は気付いていなかったよ
うだか・・・。


「まあ、この件に関してはこれ以上の追求はしない事にしておきましょう。
 そう言えば聖・・・・あなたは現在、織部さんとやらのお宅でご厄介になっ
 ていると言っていましたね?」


「うん・・・・彼女達が是非って言ってくれたから・・・。」


「・・・・ですが、それでは彼女達どころかご家族にもご迷惑が掛るは必定。
 ふむ・・・。」


椎奈はそう一人ごちると、考えを巡らせていく。
少しの間考え込むと、これならばと話を切り出した。


「こうするのはどうでしょう?
 数日間は彼女達のお宅にご厄介になり、その間に私が住居の都合を付け
 ておきましょう。
 なに・・・心配は要りませんよ、転校と転入の手続きも私の方で取り付けて
 おきますから・・・あなたは何の心配もする必要はありませんよ。」


「え・・・で、でもわざわざ家の都合までつけなくても・・・。
 やり過ぎなんじゃ・・・。」



そこまで言いかけた聖をやんわりと制し椎奈は、「心配は無用です、これを機
にあなたが自立し親元を離れて生活する厳しさを学ぶ良い機会ですから。」と
実に嬉しげに語った。

普通、娘が自分の元を離れる事を親はいい様には思わないのが普通である。
特に娘ならば尚更では・・・とも思うが、これもその家庭によって様々なバリ
エーションがあるのかもしれない。


「ですがそうなると・・・・どの高校に入るかも選定しなければなりませんね。
 ・・・聖、あなたは既に決めているのですか?」


「え・・・?
 あ、一応・・・彼女達と同じゆきみヶ原高校に行こうかな、とは思っている
 んだけど・・・。」



「・・・・魔神(まがみ)になさい。」


聖の返答を聞くや否や、椎奈は即答した。
元々その高校にするつもりだったかのような物言いに、著者もびっくりの理不
尽ぶりだ。(笑)


「え、ま・・・魔・・神・・・?
 それって・・・どこにあるの?」


困惑する聖を尻目に、一呼吸置いてから彼女は続ける。


「東京都立、魔神学園高等学校・・・新宿区にある歴史の深いマンモス高で
 す。
 この高校は以前あなたが通っていた学校と違って、男女共学ですから・・・
 あなたにとって様々な方達と触れ合ういい機会だと考えたのです。
 そこから新宿区へでは大分遠くはありますが・・・・住まいの都合が新宿で
 上手くつけられなかった場合は、バイクでの通学を許可して頂くようお願い
 すれば済む事ですし・・・・何も問題はありませんよ。」


母に説き伏せられ(言い包められ?)、反論の”は”の字さえ出せない。
なんでも一人で勝手に決めるのは自分も同じじゃない、とは間違っても口に出
せない聖であった。(爆)


「あ、あの母さん・・・?」


「何です?」


「どうして・・・熊本出身の母さんが、魔神学園高校の事を知っているの?」


彼女の意見は尤もな所である。
どうして母はここまで他県の高校に詳しいのだろうか。
妖しさ満点である。


「・・・・・秘密です。」


謎だった。(笑)
椎奈が口を閉ざしている以上、これ以上の追求は徒労に終るだろう。
首を垂れつつ閉口する聖に対し、思い出したかのように母が話した。


「ふふ、ついつい長電話になってしまいましたね。
 それではそろそろ切る事にしましょうか・・・。
 住まいと転入の件については、都合が付き次第連絡を入れますので。
 その間・・・織部家の皆さんには、なるべくご迷惑を掛けないように心がけ
 るのですよ?」
 

「うん・・・分かった。
 なんか迷惑かけてばっかりで・・・ごめんなさい。」


突然母としての顔に戻った椎奈に、聖は自然と口元が緩む。


「ふふふ・・・もう未練がましく考えるのはおよしなさい。
 いつまでも自責に駆られている必要はありません、愚行を二度と繰り返さな
 ければ良いのですから。
 春と言えども、まだ夜は底冷えのする時期です・・・きちんと暖かくして眠
 るのですよ・・・・それでは、切りますよ。」


「うん・・・おやすみなさい。」



―――――――――。


―――――――。


―――――。



「住まいの都合を付けるとは聞いていたけれど・・・。」


新居を見渡してさらに一言。



「・・・・こんなに広い部屋にすることも無かったんじゃ・・・?」



文京区と新宿区の区界付近に建てられた高級マンション。
東京に住む「友人」の紹介で提供してもらったと、母は言っていたが・・・。

部屋が3つにキッチン、ダイニングにリビング・・・トイレとお風呂も別々。
と言う事は・・・。



「3・・LDK・・・?
 ここに・・・一人で住むの・・・?」


どう見ても一人で住むには広過ぎる。
こんな所に住んでいたら、絶対に落ちつかない。

母のあまりの破天荒ぶりに、聖は思わず絶句していた。
荷物を思わず床に全て落としてしまう。


「・・・・はぁ・・・。」


呆れて物も言えないとは、正にこの事か。
如何とも形容し難い無力感に苛まれる。

頭に浮かぶのは、ただひたすらにネガティブ思考。
高校に通うのはこれからであるにも関わらず、なんとも気が滅入ってくる。


だが・・・今更あれこれ考えても現状は何も変わりはしない。
いつものように、前向きに考えるだけ。


そう、街が変わろうとも。

住むべき家が変わろうとも。

行くべき高校が変わろうとも。


考える事は何ら変わりない、いつも通り。
前向き思考・・・それだけ、たった一つのシンプルな答え。



「さて・・・と、荷物の整理でもしましょうか・・・。」


そう一人ごち、聖は微笑みつつ”いつも通り”動き始めた。


         第零話外伝 【究極の飴と鞭】 完   

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