東京魔人学園剣風帖「剣姫変」

第零話【流転】其ノ壱




さらさらと雨音が響いてくる中、3人の男子生徒が1人の男と対峙していた。
改造された制服、思い思いに染められた頭髪・・・彼らは一般的に不良と呼ば
れる人種らしかった。

そして彼らと向き合っている男もまた、普通の者とは全く違う・・・異質な空
気を纏っている。
鮮血で染め上げたかのような真っ赤な制服・・・何処の物だろうか・・・。
ある種、高圧的な出で立ちに見合った端正な顔立ち、だが・・・その男の頬に
は横薙ぎに大きな傷を有しており、なんとも形容しがたい異質な雰囲気を醸し
出していた。



――――――――時折瞬く雷光は、この地を慟哭へと誘うかの如く・・・


――――――――眼下に晒されたる人影を、無慈悲に見下ろしていた。





「―――――どうやら、逃げねェで来たようだな。」


不良の1人が、その男へ向けて卑下た薄笑いを浮かべる。
しかし男は、我関せずいった態度でその言葉を聞き流した。

「転校生(よそもの)だから知らなかったじゃ、すまねェぜ・・・。」


「くくくッ、誰に喧嘩売ったか、分からせてやる。」


これから男を私闘(リンチ)にでもするつもりらしい。
3対1・・・自分達の圧倒的有利を確信しているのだろう。
不良達は、これから始まるであろう享楽の宴への期待に、人知れず興奮して
いた。

「土下座して、俺らの靴でも舐めりゃ、勘弁してやるぜッ。
 ・・・・ひゃッひゃッひゃッ。」


奥にいる不良が自分の靴を指しつつせせら笑った。
目の奥には邪悪な光が宿っている・・・たとえ靴を舐めようとも、許すつもり
もなど毛頭ないのは明らかである。


「けけけけッ。」

小雨のぱらつく境内に、不良達の醜悪な笑い声が響く・・・。
境内には彼ら以外、人影は見受けられなかった。
夜、しかも雨まで降っているためか・・・周囲の住宅街からも人の気配は感じ
られない。

逃げ場も、邪魔者もいない。
奴をどういたぶってやろうか・・・どこまでも邪な欲望に身を躍らせていた。




『――――――刻(とき)が満ちる・・・。』

唐突に、真紅の制服を着た男が口を開いた。
目を閉じたまま、不良達の事など最初から意識してないかのように、低い声で
呟く。
まるでこの世の全てを憂いているかのように・・・。


「・・・・・?」

だが不良達には、そんな事を解する頭があるはずもない。
ただ男の発言に肩を竦め、何を呆けた事をいってやがる・・・とでも言いたげ
に見つめている。




『――――――狂喜と混沌の帖(とばり)がおりる・・・。』


そして再び男が感慨深く言葉を発した。

「ナッ、ナンだとォ?」


努めて静かに囁く男とは対照的に、不良達はいつしか男から発せられていた
「普通ではない雰囲気」に、幾分の動揺を含ませて声を荒げる。




『――――――何人たりとも、逃れることはできない・・・。』


「てッ、てめェ。」

「ナニわけわかねェコトいってんだッ!!」

「ナメてんじゃねェぞッ!!」


雷光が男の姿を浮かび上がらせる、何時の間にかその視線は不良達に向けられ
ていた。
彼らがどれだけ怒気に満ちた威嚇をしても、全く怯もうとする気配さえない。
その態度が益々、彼らの苛立ちを加速させていった・・・。





『――――――お前達は、相応しいか?』

少しの静寂の後、ふいに男は腕を振り上げた。
どこから取り出したのか、男の手にはいつしか刀が握られている。



『――――――魔の世界(まち)を生きる者に・・・。』



ヒュン・・・・・!!

―――――――その時、刀が空気を薙いだ。


夜闇に舞い飛ぶ腕、飛び散る鮮血。
そしてそれを追うように発せられた、怒号・・・悲鳴。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・お、俺の腕がぁッ!?」



一瞬、何が起こったのかさえ理解していなかったらしく、腕に走った鈍い痛み
を感じようやく不良は自分の腕が切り落とされた事に気づいたようだ。



『―――――――≪力≫を持つ者たりうるのか・・・?』

雨露に濡れた白刃が、再び闇を薙ぐ。
刃はもう1人の不良の耳を捉え、再び絶望に彩られた怒号が発せられた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ・・・み、耳がぁッ!?」

「ヒッ!?」


目の前で繰り広げられし絶望の宴に、不良の1人が短く悲鳴をあげる。
自分たちの優位が突然翻された状況・・・いや、どう見ても異常過ぎる光景に
残りの不良達は腰を抜かし、恐怖に染まった表情で男を凝視していた。

男の瞳は、絶望・悲観・怒り・憎しみ・・・そして羨望、あらゆる感情の入り
混じった色を帯びているように見える。
だがその色を唐突に消し去ると、地に伏せた不良達を卑下に見おろした。
先程、彼らがそうしていたように。


『――――――見せてみるがいい・・・・愚かなるヒトの力を・・・。』




「痛ェ・・・痛ェよォ・・・・。」

「ヒ、ヒッ・・・・たッ、助けてくれェ・・・・。」


凄惨な光景、滾々と沸き出る絶望・・・死に魅入られた瞳。
ただひたすらに繰り返される救済への懇願、哀願・・・。
あらゆる恐怖に魅入られし不良達の表情を見る事無く、男は吐き捨てるように
言った。


『――――――・・・・愚かな・・・。』


「たッ、助け・・・・」


不良達の切なる命乞いは、男の一閃によって遮られ、・・・発せられる事はな
かった。
先程以上の鮮血が飛び散り、赤き断末魔と共に3つの首が飛び舞った。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」



――――――――。


――――――。


――――。



『見せてみるがいい・・・お前の≪力≫を。
破壊と混沌が支配するこの世で、お前が生きるに相応しいかどうかを・・・。』

再び天を仰いだ後、男は遠くを見詰めるようにその視線をさ迷わせた。
・・・口元をふいに緩ませ、雨露に身を委ねる。


脳裏に浮かぶは、修羅に相応しきあの女の娘・・・。
自分に唯一抗う事を天に許された存在。



『待っているぞ、皇海の幼子よ・・・。
 伏龍に魅入られし・・・修羅の宿星よ・・・。』



男がそこまで言い切ると、突然視界が眩く瞬いた。






「―――――――ッ!?」


氷河の中にでも閉じ込められたかのような悪寒を感じ、私は飛び起きた。


「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・今のは・・・・夢・・・?」



首筋からは汗が伝い、髪が頬に張り付いてなんとも気色が悪い。
なんだったのだろうか、今の夢は・・・今見た光景は・・・。
なんと生々しい、現実味を帯びた夢・・・・いや悪夢だったのだろうか?

思い出そうとするだけで、吐き気をもよおしそうになる。



――――――チュン、チュン・・・チュン・・チュン、チュン・・・・。


耳を澄ませると、小鳥の囀りが聞こえてくる。
この声は・・・スズメだろうか、とすれば今は・・・・朝?

眩い光が視界を遮り、頭を軽い眩暈が襲う。
咄嗟に頭を振って意識を覚醒させ、腕時計に目をやる。

・・・・3月26日、午前9時32分。
枕元には、私の携行していた大きめのバックと細長い布袋が置いてあった。
ちなみにこの袋の中には、護身用として「水姫」と呼ばれる刀が入っている。

ここまで思い出すと、ふいに自分が置かれている状況が気になった。



「・・・ここは・・・・どこ?」

別にこの後、私は誰・・・と言うつもりはない。(笑)
どう見ても自分の家ではない・・・一時的に記憶が曖昧になっているみたいだ。

布団から出て、周囲を見渡してみる。

長年使い込まれ、落ち着いた色合いを放つ桐の箪笥。
上方の壁には神棚があり、私をそっと見下ろしている。

さらに奥に見える床の間には、かなりの達筆で描かれた掛け軸や、どこぞの
有名鑑定士が「イイ仕事してますねぇ〜。」などと誉めちぎりそうな高価そう
な飾り皿などが飾られていた。


それにしても・・・・この部屋、かなり奥行きがあるように感じる。
パッと見でも、18・9畳ほどはあるように見受けられる。

もしかしなくても、ここは相当に大きなお屋敷ではないのだろうか・・・。
そう思うと、急に緊張で胸の鼓動が高まってきた。
どうしてこんな所で私が寝ていたのだろう・・・。



――――――ガラガラガラガラ・・・。

「!?」


「―――――おうッ・・・ようやく目が覚めたみてぇだな。」


物思いに耽っていた私の耳に、唐突に部屋の戸が開けられた。
そして、茶髪の少女が入ってくる。

やんちゃそうな雰囲気をその身から漂わせながらも、後髪をリボンで束ねて
いるためか、中々可愛げのある娘だ。
先程から、勝ち気な笑みを浮かべて私を見つめている。

それ以上に気になったのが、彼女から発せられる氣だった。
体の内側から感じられる氣は、溢れんばかりの生命の輝きを放っている
かのように思えた。


「あなたは・・・誰?
 それに・・・・ここはどこ・・なの?」

いきなり現れた少女、そしてこの状況にさらに混乱してしまう私。
少しいぶかしみつつ彼女に尋ねた。

すると彼女は破願して、にこやかに微笑んだ。

「ははッ、まぁ・・・そんなに慌てんなよ・・・それは追々教えてやっから。
 ・・・・あ〜・・・そうだ、アンタ腹へってないか?」 


彼女に言われて、ようやく私は自分が空腹であること気づいた。
やれやれ・・・そういえば昨日の夜から何も食べてなかったわね。


「・・・はい。」


「へへッ、アンタ素直だな・・・感心感心。
 それじゃ、ついてきなッ。」 

ちょっと恥ずかしさから苦笑いしつつ答えると、やはり彼女は微笑みつつ
私に自分の後をついて来るように促した。


不作法かとは思ったが、歩きつつ再び周りを見渡してみる。
周囲から漂う古木の香り・・・そして清廉な雰囲気を孕んだ氣・・・。

歩くたびに、その気配は強まっていく・・・。
一体誰が放っているのだろうか。


―――――――。


―――――。


暫く歩くと、私は居間らしき場所へ案内された。
ある程度の広さがあり、テレビや座卓もある・・・間違いないだろう。


「雛・・・・連れて来たぜッ!」



「姉様、わざわざ有難う御座いました。」


すると、部屋の中ほどにあり座卓の傍に、背筋を正しつつ正座をしている
少女が座っていた。

私を起こしに来てくれた娘と同じく後髪を結っているものの、彼女の方がかな
り長い。
黒髪に似合った端正な顔立ち、その落ち着いた物腰と相俟った透明感のある声。
まさに大和撫子といった風貌に、私は一瞬息を呑んだ。

どうやら、彼女が先程から感じていた氣の持ち主みたい。

「相変わらず律儀だな雛は・・・こんな事、お安いごようだぜッ。」


そう言いつつ、茶髪の娘は彼女の隣にあぐらをかいて座る。
話の内容が一段落しなようで、黒髪の少女は私のほうに向き直り会釈した。


「よく・・・お休みになられましたか?」


「え、ええ・・・凄くよく眠れ・・・・あ・・・!!」



今まで彼女達の会話、自分の置かれている状況・・・。
私はふいに自分の無作法さが恥すかしくなった。

即座に畳に正座し、背筋を伸ばして姿勢を正す。
・・そして、一礼した。


「無作法で申し訳ありません、私は・・・皇海聖と申します。
 わざわざ介抱していただき、お礼の言葉も御座いません。」


礼儀を欠いてはいけないと思い、私は咄嗟に今までの非礼を詫びた。
だが、彼女たちはにこやかに微笑んだままだ。


「フフ、お気になさらないでくださいませ。
 人として至極当然の事をしたまでですから。」

「そういうことだなッ・・・まぁ、俺も最初は驚いたぜ。
 アンタみたいな超の付くような美人が、ウチの境内でブッ倒れてたんだから
 な。」


「あ、はい・・・有難う御座います。」


・・・なんて慎ましい人達なのだろう、私に非があるというのに。
その優しさに、心がほんのり温かくなる。


(しかしながら・・・私ってやつは・・・。)

私はようやく昨日の出来事を思い出していた。


都会というモノを一度見てみたい・・・きっかけはこの言葉だった。
今まで修学旅行以外で他県へ行ったことのなかった私。

ちょっとした軽い気持ちで思い立ち、日本の中心都市・東京へ小旅行へ。
などと考えたのはいいが、着の身着のままたいした準備もせずにバイクで出発。

はぁ・・・・考えが甘かった。
雨に打たれ、風に吹かれて数千里・・・いつしか路銀(お金)は殆ど底をつき、
何時の間にやら東京旅行は断食ツーリングへと変貌。

ようやく東京に着いた頃には夜中の2時過ぎ・・・。
くっ・・・夜通し走って5日もかかってしまった。
この時間じゃホテルになんて泊まれない、それ以前にお金が足りなくて無理だ
し・・・。


自分の計画性の無さを呪いつつ、そこで近くにあった神社の境内に入り込み、
一人寂しく野宿に・・・。

・・・なんて行き当たりばったりな旅行なのだろう・・・自分のことながら悲
壮感でいっぱいだ。
しかも誤算だらけ・・・けっこう毛だらけ、猫灰だらけ。(←それは違う)

どんどん自己嫌悪に陥っていく・・・頭の中でひたすら堂堂巡り・・・。
いや・・・今はそんなことより、せめてこれ以上お2人に失礼のないようにし
なければ。


「あ、そういや自己紹介がまだだったな。
 ・・・俺は雪乃、織部雪乃だ・・・よろしくなッ!」

「同じく、織部が妹・・・雛乃にございます。
 この織部神社にて巫女を勤めております・・・宜しくお願い致しますわ。」


茶髪の娘が雪乃さんで、黒髪の娘が雛乃さん・・・2人はどうやら双子のよう
だ。
性格だけに関すれば正反対に見えるが、2人の間には穏やかな空気が流れ、
かなりの仲の良さを感じさせる。
私自身、彼女達の出で立ち・人柄を一目で気に入ってしまった。


「へへッ、今更そんなに畏まんなくたっていいぜ。
 ・・・そんな事より、ほら・・・早く食わねぇと飯(メシ)が冷めちまうぜ!」

「・・・え?」


最初は、彼女の言葉の意味を分かりかねていた。
だが、雛乃さんが掻い摘んで説明する。


「・・・実は、お腹が空いておいでではないかと思いまして・・・。
 僭越ではございますが、わたくしの方で朝餉を拵えさせて頂きました。」

「え、そう・・なんですか・・・・・あっ。」


そういえば、さっきから鼻腔をくすぐるいい匂いがするとは思っていたけど・・・。
視線を座卓へと移すと卓上には、彼女が拵えた朝餉が並べられていた。

献立は、炊き立ての白米にお味噌汁・・・焼き魚に納豆、あ・・・お新香まで。
正にこれぞ「日本の朝食」といった様相だ。

あぁ・・・日本人に生まれてきてよかった・・・。(しみじみ)


で、でも・・・今更ながら考えてしまう。
こんなに色々とお世話してもらって・・・私は何もしてないのに・・・。
少し罪悪感が募り、彼女たちへ視線を移した。

・・・すると、彼女たちは笑みを湛えつつ私を見つめ返してくれる。
・・・・もう迷いは消えたわ。(何の?)

もう空腹加減も限界だし・・・彼女達の好意を受けない事は、逆に無作法だ
もの。


「それでは・・・・いただきます!」



こうして、私は妙に気合の入った朝食に突入したのだった・・・。

        「剣姫変」第零話【流転】其ノ壱 完


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