東京魔人学園剣風帖「剣姫変」

第零話【流転】其ノ四



幸か不幸か、再び織部家を訪れる事となった聖。
雪乃に案内され、聖は奥の間へと通された。

雛乃は「お茶の用意をして参ります」と言って、自室へと入っていった。
おそらくは、衣服を着替えるつもりなのであろう。


「まあ・・・適当な所に座っといてくれよ。
 俺もちょっと着替えてくるからよ・・・。」


「あ・・・はい。」

促され、取り敢えず座卓の側のなるべく下座の方に座る。
そこまで言うと雪乃もまた、妹と同様に廊下の奥へと消えていった。



「・・・・・。」


突然一人になった聖は、ふと瞳を閉じ周囲に意識を巡らせた。

清廉で澄み渡るような空気と香る古木の匂い。
昼間となんら変わらないその静寂の空間。

その独特の雰囲気がなんとも心地よい。
自分の家には皇海流の道場があり、少なからず歴史を持った建物ではある事は
自認していたものの、こちらの社殿に比べるとやや貧相というか大分スケール
が違うように感じていた。
無論そんな自宅の事も彼女自身、十分に気に入っているのだが。



「ん、皇海さん・・・・どうかしたのか?」


暫く物思いに耽っていると、手早く着替えを済ませて戻ってきた雪乃に話し掛
けられ、聖は慌てて瞳を開いた。

その様子に多少訝しんだのか、彼女の声のトーンも若干低い。



「あ、あの・・・・この建物はかなり歴史のある社殿であるとお見受けしたの
 ですが、いつ頃建てられたものなんですか?」


「え・・・ああ、確か江戸時代から殆ど建て直しはしてないらしいぜ。
 まっ、これはじいちゃんからの入れ知恵だけどな。」


意外とまともな言葉が返ってきたためか、雪乃は即座に機嫌を元に戻し快く教
えてくれた。
聖もそうなんですかと相槌を打つ。
という事は、大体・・・建設されてから400年といった所であろうか。


改めて雪乃の顔を見上げる。
その表情から、聖は彼女の建物と神社の事をとても大事に思っているのだろう
な、と勝手ながら自己解釈した。



「私は・・・雪乃さん達が羨ましいです、こんなに趣き深い歴史ある建物と共
 に日々を過ごせるなんて・・・本当に・・・。」


つい口から本音が出てしまい、自分の世界に浸りそうになってしまう聖。

その理由は前述の通りではあるが、私みたいな武道女にはこんな絢爛な住居は
似合わないな、とその想いを打ち消した。


「そッ、そうか?
 そんな風に言ってもらえると、なんか照れちまうな。
 ・・・でもまあ、他の奴から見れば古臭い建てもんに見えちまうんだろうけ
 どよ。」

聖の言葉がよほど嬉しかったのか、建物の事でありながら雪乃は自分の事のよ
うに照れ笑いしている。



「・・・ただ刻が流れたからいって、その物に必ずしも価値や意味が生まれる
 とは限りませんわ。」


「・・・雛?」


お茶の用意ができたのか、いつのまにか襖を開けて雛乃が私達の話に聞き入っ
ていた。
よく見ると先程の服とは違い、今度は神社などでよく見かけるいわゆる「巫女」
の姿をしている。
その姿がとてもよく似合っており、彼女の持つ清楚さや可憐さをより一層際立
たせているように感じた。


「時間の流れよりも大切なもの・・・・それに携わりし人々の想い、言い伝え
 ・・・そしてそのもの自体が持つ意味などを糧として、ようやくその物に
 何物に も変え難い価値が生まれるのです。
 それは時として、私達人間の進むべき道をも指し示します。」


身を屈め、慣れた手つきでお茶を座卓へと並べていく。
完全にお茶が行き渡ると、姉の隣に座り雛乃も話に加わった。


「・・・それはもしや、あなた方が持つ≪力≫に何か関係が・・・?」


そこまで言うと、雛乃は静かに頷いた。



「それは追々お話させていただきます。
 ですがその前に、お礼のご挨拶がまだでしたわね・・・。
 先程は・・・わたくし共に助太刀して頂き、誠に有難う御座いました。」


「いや本当に助かったぜ、俺の怪我まで治してもらったしよ。
 あ、そういや・・・あんたがさっき使ってた≪力≫って・・・あれは一体
 何だったんだ?」 


普通なら突然あんた呼ばわりされてムッとする所ではあるが、彼女の指摘は尤
もな話だなと思い直す。



「ええと・・・両方についてですか?」


間違いがあっては困ると思い一応確認のつもりで聞き直したが、雛乃から「も
し宜しければ、両方についてお話を聞かせていただけませんか?」と即答され
てしまった。(ぉ

一度深呼吸をしてから、聖は語り始めた。



「ではまず私の扱っていた武術、皇海流闘術についてお教えします。
 あれは、私の血筋・・・というか、皇海家の女性にのみ代々受け継がれてき
 た≪力≫を用いた一子相伝の古武術です。」



そこまで言い終えると、一呼吸置いてから一気に話していく。

この古武術は、自分の母によって幼い頃より現在まで教わり、日々修行に精進
してきた事。
皇海流闘術には、先程使っていた蹴り技の他に刀を用いた剣技がある事。

そして・・・彼女が持つ癒しの≪力≫は、元々は母が持っていた≪力≫であり、
自分が産まれた際にある程度引き継がれてしまった特異な≪力≫である事。
現在も母は、この≪力≫を活かして診療所を営んでいる事も話した。


取り敢えず全ての話を言いきり、聖は差し出されていたお茶を一口啜った。
柔かな苦味が口内に広がり、その風味の良さに顔が緩む。


「・・・美味しいお茶ですね。」


「恐れ入ります・・・。」



(・・・グラム当り●千円はする特選玉露茶だったりして。)


まさか彼女がこんな事を考えていようとは、全く思っていない雛乃であった。(笑)



「じゃあ・・・今度は俺達の番だな。」
 

ま、あんたとそんなに変わらない話なんだけどな、と雪乃は付け足しつつ話し
始める。



先程の話にもあった通り、織部神社は江戸時代に建てられた由緒正しき社殿で
ある。
そしてその織部の血に連なる者に代々受け継がれてきたものが、自分達姉妹が
持つ「草薙の≪力≫」であるらしい。

それぞれ姉の雪乃が長刀を、妹の雛乃は弓を用いる事で≪力≫を顕現させる事
ができるという。


「まあ俺の場合はそれだけじゃ物足りなかったんでな、ばあちゃんから合気道
 も習ってたんだ・・・腕だって結構イイ線いってんだぜ?
 これから先、あんたと試合えたりなんかすると・・・鍛錬にもなるし、俺と
 しては嬉しいんだけどなッ。」

「姉様っ・・・。」



「あ・・・雛、悪ぃ・・・・。」


そう言いつつ、得意げな顔になる雪乃。
だが、余計な一言があったのか雛乃がすぐに釘を刺す。

彼女もまた、ついつい口が滑っちまった・・・と軽く妹に謝った。




「あの・・・・お話の内容が見えてこないのですが・・・。」


2人は何かを自分に対し隠しているのだろうか。
そう思い、聖は遠回しに話の先を促す。


今までの雰囲気とは全く異なった、怜悧な空気が流れる。
顔が急に引き締まったものに変わり、2人は改めて聖へと視線を戻した。




「皇海様・・・あなた様のお力を見込んで、織部の巫女姉妹たる・・・わたく
 し共からお願いがございます。」
 

「え・・・?」



聖の戸惑いから出た声を聞きつつ、雛乃はさらに続ける。



「この街、東京に・・・混沌の帳がおりようとしています。
 ・・・全てが狂気に包まれ、動乱の世が始まろうとしているのです。」



「・・・混沌・・・狂気・・・・動乱・・・・・?」


・・・・どういう事なのだろうか?
聖は雛乃の発する言葉の意味を、まだ解せずにいた。
混沌の帳がおり、全てが狂気に包まれる・・・?


「それを引き起こそうとしている者が誰なのか・・・それは、わたくし共にも
 見通すことはできません。
 ですが・・・その何者かよってこの街が戦火に包まれ、罪無き人々が虐げら
 れ続ける日々が、そう遠くない未来にまで迫っている・・・それだけは曲げ
 ようのない事実なのです。」


話を一時的に止めると、雛乃は雪乃に目配せをした。
雪乃もまた妹の考えを汲んでか、大きく頷く。

少しの間視線を交錯させると、2人は再び聖の方に顔を向けた。




「皇海様・・・無理を承知でお頼み申し上げます。
 この地に留まり・・・わたくし達と共にこの街を守護して頂けませんか?」





一瞬の静寂。

・・・1。

・・・2。

・・・3。

・・・4。

・・・5。



・・・数秒後、ようやく思考回路が正常に働きだした。



「え・・・・ええっ!?」




「勿論、非常に不躾で礼儀を欠いたお願いである事は重々承知の上です。
 ですが、このようなお願いができるのはあなた様をおいて、他におりませ
 ん・・・。
 どうか・・・どうかお願い致します・・・。」


「俺達と同じく≪力≫を持つ者として、≪力≫を持たない多くの人達を守るた
 めに・・・あんたの≪力≫を貸してくれねぇか?」



「・・・・・。」



かなり驚いたリアクションを取っているものの、聖の頭の中では至極冷静に今
の発言に対する答えを導き出そうとしていた。




・・・・・・・。

・・・・・。


確かに私は≪力≫を持っている。
そして先程その≪力≫を用いて、人外の存在を討ち取った。

今でも、奴等を蹴り飛ばした感触は生々しく残っている。
現実ではあり得ない化物が現われた・・・その事実。
白昼夢のような現実と、これからも起こるであろう悪夢と惨劇。


きっとまだこんな事が続く・・・億足などではなく、心は既に理解している。
ここまで話に関わり、あのような者等と闘った自分・・・。



私は、どうするべきなのか。


故郷へ帰る?それとも彼女達と共に化物と闘う?



私は・・・私は正義の為に闘う。
いや、戦いたい。

・・・これは偽善?
それとも自己満足?


私は、自分の欲を満たすために・・・ただ≪力≫を振るっているだけなのでは
ないだろうか・・・?

私は愚か者なのだろうか?



・・・・・。


・・・・・否!!(反語←爆)



万民の為に血と涙を流し、幾度肉が削がれ身が焼かれようとも、日輪の下に真
っ直ぐに立ち、この世に混乱を齎す存在と闘い続ける・・・これこそが皇海流
闘術を振るう者の宿命であり、私の誇り。

誰かが偽善と言おうとも!自己満足だと蔑もうとも!
私は私の道を往く・・・これが私の生き様。


悪が蔓延るのを見ぬふりができる程、私の血は冷たくはない。
ここで帰ったりしたら、母からのお仕置きが百叩きから千叩きになってしまう
事も目に見えている。(爆死)

今更、小難しい事を考えずとも・・・答えは最初から出ていたのだ。
ならば、口に出す言葉はもう決まっている。





「・・・委細承知しました。」



答えを不安げに待っていた2人の表情が、一変して驚きと歓喜に染まる。



「・・・ほッ、本当か!?」


「ええ・・・女に二言はありません。」



思いもよらない聖の一言に、雪乃は動揺を隠せずに聞き返す。
雛乃もまた、その言葉に感銘を受け深々と頭を下げた。



「皇海様・・・・・本当に有難う御座います。」


「いえ・・・・これは私自身で導き出した答えですから、お気になさらずに。
 私の≪力≫が何かのお役に立てるのならば・・・喜んで力になります。」



私の選択は間違ってなどいない。
聖の心に迷いなど一片も無かった。


今まで過ごしてきた、とりとめのない日常。
ただ齎される平穏を享受するだけの、凡庸な毎日。

今までは、この日々が続けばいいと思っていた。
でも・・・。
それはいつしか・・・いつ来るとも知れない混沌の世界の到来から逃れるため
の逃避となっていったのだ。

今までとは違う日々、非日常・・・。



日常から非日常への跳躍・・・望むところよ!!


そんな秘めたる決意を胸に、聖は勢いよく立ち上がった。



「お、皇海さん・・・?」


「皇海・・・様?」



2人が何事かと不安げに見つめている。


今まで(と言っても昼間会ったばかりだが)は友だった2人。
・・・・だが、今この時をもって友から「仲間」へと変貌した2人。

ならば、それなりの礼儀をもって接しなければ彼女達に対して失礼。
こんな畏まった関係なんて、仲間とはあまりにも程遠いのだから。



「・・・もうそんな畏まった言い方はやめましょうか。
 私達はもう仲間でしょう・・・?」



突然喋り方が変わった事に驚いてか、2人は目を丸くしている。
本当に突然の事である以上、これは仕方が無い所であろう。



「それじゃ改めて・・・・これからも、よろしく。
 雪乃・・・そして雛乃も。」




「!・・・・おうッ!!
 よろしく頼むぜ・・・聖さん。」   


「わたくしの方こそ、宜しくお願い致します・・・聖様。」



僅かに擦れたハスキーな声で聖が再度口を開くと、それに促され雪乃ははにか
みつつ、雛乃は頬を僅かに染めながらその声に応えた。



・・・・長きに渡る宿縁と宿星を巡る戦い。


その予兆は、僅かづつではあるが確実にその歩を進め始めていた・・・。



              第零話【流転】其ノ四 完





<第零話で仲間になったキャラクター>

*織部雪乃(クラス:戦巫女)
家に代々伝わる「陽の草薙の≪力≫」を継承する、織部神社の双子。
魔を叩き斬る姿は正に女傑と呼ぶに相応しい、男勝りな長刀使い。
活発で且つあけすけな性格をしており、軟派な奴は大嫌い。
妹である雛乃とは正反対の性格ながら、非常に仲が良い。

*織部雛乃(クラス:浄心の巫女)
家に代々伝わる「陰の草薙の≪力≫」を継承する、織部神社の双子。
聖なる弓で魔を討つ、清楚可憐な大和撫子。
姉の雪乃とは対照的に控えめで大人しい性格をしており、自分を押し出すよう
な事は決してしない。
陽気で明るい姉・雪乃の事を尊敬しているためか、普段は大人しい印象を与え
る彼女だが、重要な所では姉に変わってイニシアチブを取る強さも兼ね備えて
いる。



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