ACT−1 「それぞれの憂鬱」

ヴリトラ級壱番艦・『ヴリトラ』艦長、フリッツ・ヨゼフ・ブルームハルトは総司令部より司令を受けていた。
彼の所属部隊、『ナイトウイングス』は独立行動部隊であり、本来、総司令部との命令とは関係なく行動する権限を有している。それが本隊より司令が下る、というのは極めて異例な事だ。

「・・・という事なのだ、よろしく頼む。」
ブリッジのスクリーンに映る好々爺然とした、それでいて威厳を兼ね備えた初老の男性が言う。
超大型戦艦『バハムート』艦長、エドガー・ブロック准将その人である。
対して三十代半ば位であろうか。
異例の若さで艦長に就任し、この『ナイトウイングス』分隊サイレント・スワロー隊を束ねるフリッツ・ヨゼフ・ブルームハルトはモニターに敬礼を返す。
モニターの画面が切れるとフリッツは艦長席のシートに身を埋め、制服の内ポケットからタバコを一本取り出そうとする。
「艦長!」
オペレーターの一人が艦長にすかさず言い放つ。
「ブリッジは禁煙です!!」
気まずそうに、バツが悪そうにしながら、「うむ・・・」と唸りつつ折角取り出したタバコを再びケースに戻す。
・・・思いっきり名残惜しそうに・・・
(艦長なんだから良いではないか・・・)
そうは思っても、ことこの件に関しては多勢に無勢。無駄なあがきである事は、就任してこの数ヶ月で自覚していた。
ややあって先のオペレータに隊員をブリーフィングルームに招集する事を命じると、自分もブリーフィングルームに向かう。
途中、寄り道して一服する事は忘れないが。

「よう、やっぱ一服してたか。」
タバコをくわえたまま、顔を上げるとそこには人懐っこい笑みを浮かべた大男が居た。
年の頃は二十代半ば位だろうか。
フリッツは美味そうに紫煙を吐き出すと、その男にも一本薦める。
悪いねえ、と言いながら男もジッポで火を付け、美味そうに吸う。
「いいねえ、ジッポとタバコは男の最後の砦ってな。」
大男の名はタン・タロス。
れっきとしたサイレント・スワロー隊の一員であり、銃を扱わせたら全部隊の中でもトップクラスの腕前の持ち主である。アルビオン大陸北方に位置する軍事大国ヴァイツグラード帝国の出身だが、この男のざっくばらんな性格は、質実剛健を旨とする帝国軍人とは到底思えない。それもそのはず、彼の国が誇る精鋭、『鋼鉄騎士団』に所属していたものの、騎士、貴族、軍人の子弟で編成された騎士団の中で唯一、一般人の出であったため、反りが合わず、半分厄介払いの様に大陸中央にある、まだ覚醒前のバハムートの眠る遺跡、リンドブルム市へと出向を命じられてしまった。皮肉にもそれが彼の命を救う事になるのだが・・・。
「どうだ、新型騎の方は。」
フリッツは元々傭兵だった為、この陽気な巨漢とは妙に馬があった。
「ああ、俺にピッタリだ。前の機体も悪くは無いが、火力が違う。」
そうか、というとフリッツは最後に紫煙を吐き出すと、名残惜しそうに灰皿にタバコを押し付ける。
「あー!また吸ってるー!」
突然の大声にフリッツは咽込みそうになる。
「おー、嬢ちゃん。タバコは二十歳を超えてからなー。」
タロスがいつもの調子で話し掛ける。
元気の良さそうなショートカットの少女が、彼らの居る喫煙所に駆けてきた。
年の頃は12,3歳位だろうか?
「もう、おじさま。あれだけ皆、タバコはやめて、っていってるのに・・・」
少し剥れた顔で、フリッツに詰め寄る。
少女の名はレフィア・セラフィータ。ヴァイツグラード帝国の西隣に位置する魔導王国アルトクラン王国出身だ。アルトクラン王国は完全な女系社会であり、家督は全て一族の長女が継ぐ。レフィアもまたそうした一族の出身であり、若干13歳にして、アルトクラン王国会議議員としてその名を連ねている。
おじさま、と呼ばれ、フリッツは渋面を作っていた。
一時期、彼女の母親に傭兵として雇われていた時期があり、その時に幼い彼女に出会っている。
リンドブルムでこの母娘に再会した時はどういう訳だか分からんが、フリッツはレフィアに懐かれているらしく、「おじさま」と呼んでいた。

・・・もっとも、彼の女性趣向に少女趣味はなく、ナイトウイングス任官の際、母親から娘を宜しく、と言われ(それも恐ろしくにっこりと)激しく憂鬱に陥ったものだが・・・。

そう云った感情を抜きにすると、彼女は極めて優秀な魔道士である。
ただでさえ魔道士の存在は極めて稀少だ。
そこへ来て強力な高位の術を使いこなす彼女の存在はどこの部隊でも引っ張りだこ、
ナイトウイングス配属も至極当然と言えた。

(しかし・・・なぜ俺の部隊なんだ?)

フリッツの懊悩を見透かしたのか、任官時の挨拶のおり、彼女は母親譲りの有無を言わせぬ笑顔できっぱりと言い放った。
「運命ですから。」
と。

(・・・どうも俺はこの隊に任官と同時に運の泉が枯れ果てたらしい・・・)
あらためてフリッツは思う。

「頼むから『おじさま』というのは止めてくれ・・・」
渋面を作ってレフィアに言う。
「いいじゃねえか。美少女に『おじさま』なんて言わせるなんて、男の夢だぜ?」
横からタロスが茶々を入れる。どういう訳だかタロスとレフィアは妙に馬が合うのか、えらく息が合っている。
こと戦闘時には絶妙のコンビネーションを見せていた。特にこんな時などは。
「いや、俺にも艦長としての立場ってものがな・・・」
タロスの茶々を無視してレフィアに諭す。
だがレフィアもしれっとして言う。
「じゃ、プライベートでなら良いのね、おじさま。」
語尾にハートがつく勢いで、満面の笑みを湛えて言う。
・・・とことんポジティブな娘だ。
フリッツはその場で激しく突っ伏しそうになる。
「あ、そうそう早くブリーフィングルームに行かないと。リアさん待ってるよ?」
渡りに船。レフィアの一言にやおら立ち上がると、フリッツはブリーフィングルームへ向かう。
その後姿を跳ねるようにレフィアが付いて行く。
その後ろ姿を見ながらタロスは思った。
(ブリーフィング、喫煙所でやりゃいいんじゃねえか?)
と。

ブリトラ艦内のブリーフィングルームにて唯一人、リア・ハイランドは待っていた。
均整とれた、引き締まった長身に意志の強そうな顔付きをした青年であり、実直そうな印象を与えている。
(おかしい・・・。艦内放送で召集が有ってからもう15分は立つのだが・・・)
リアはアルビオン大陸の北東、ヴァイツグラード帝国の東に隣接するエクスタリア王国の出身だった。
『騎士の国』との誉れの高いこの国の王国貴族出身ではあるが、諸々の事情で家を離れ、今はバハムートに所属、ナイトウイングス配属となっていた。
事実、彼の騎士としての実力はかなりのもので、先の作戦『双頭竜』においても多大な戦果を上げた。
常日頃から騎士たらんとする彼は、よく言えば騎士の鏡。悪く言えば真面目で堅物で融通が利かないのである。タロスよりもリアの方がよほどヴァイツグラード人らしく思える。
(そんな事を彼の前で言おうものなら血を見る事請け合いであるが。)
それ故にこのような場合、割を食うのもいつも彼であった。
(本当にここはエリート部隊なのか?)
配属されて以来、彼はいつもそう考える。規律に厳しいエリート部隊。それが配属前に想像していたのだが、実際配属されてみるとやたらざっくばらんでノリの軽いヴァイツグラード帝国の軍人と、まだ子供といっても良い年代の魔道士の少女。しかも隊の隊長にして艦長にゾッコン、ときている。
それでいながらこの数週間、任務は成功、確実に戦果を上げているというのだから驚く他は無い。
艦長も傭兵出身の所為か、実績さえ上げればそれ以外は特に拘らなかった。
そんな中で生活しているためか、本人も気付かぬうちにかなりアバウトになって来ている。
本当に気付いていないのだが・・・。

ややあって召集されたその他のメンバー(艦長含む)もブリーフィングルームに入ってくる。
(・・・またいつもの場所か・・・)
三人同時、という事はおそらくいつもの喫煙所で屯っていたのだろうとリアにも容易に想像できた。
ただ自分はあの紫煙の中は苦手なので近寄る事も無いのだが。
(どうせなら喫煙所でブリーフィングすれば良いだろうに)
リアはそう思うものの、自分がその中にいる姿を想像出来ないので慌ててその考えを打ち消す。
「それではブリーフィングを始める。まずはこれを見て欲しい。」
艦長であるフリッツが言うと、目の前のスクリーンにアルビオン大陸の全体地図が表示される。
「現在、我が艦はA・R・Kのコルレシア基地を出航し、東に進路を取っている。」
学術国家A・R・K。
その前身が大学である国家というには少々異を為すこの国は、他の国に対し中立の立場をとっている研究機関といった方が正しい。実際、現在の主力兵器であるレギュレート・アームズやドラゴン・アームズを初めて実用化したのもこの国であり、それ以外にも遺跡から発掘された数々の超技術を復活させ、その技術力は他の追従を許さない。現在、もっともバハムートの支援に積極的であり、彼の国の協力が無ければバハムートの強化・改修はおろか、今現在の旗艦である『ヴリトラ』すら就航おぼつかなかったである事は難くない。
因みにコルレシア基地は現在、バハムートの改修を行っており、もっとも西の海岸線に位置している。
スクリーンにヴリトラの現在位置が表示された。
「我々はこれより北上し、アルトクラン王国ザイン州との国境近くにある街、ノルスへと向かう。」
挙手し、レフィアが発言を求める。
「それはどのような任務なのですか?」
「まあ待て、それは今から説明する。」
フリッツがそう言うと、先ほど総司令部よりきた指令の詳細を隊員達に伝える。
それは実に奇妙な事件だった。

アルトクラン王国ザイン州。
A・R・Kに隣接しているこの州の街、ノルス近郊にて近隣の村から忽然と村人たちが蒸発する事件が続発、そしてノルスの街も今では音信不通となってしまったのだ。
トータル5000人近い人間が突然蒸発するという異常事態に、現在最も近い位置にいる我々の部隊に調査命令が下された。

現地では情報が皆無なので何が起こるか分からない。それ故にナイトウイングス分隊サイレント・スワロー隊に出動が下ったのだ。目的は調査隊のサポート。各自装備品をチェックして備えておく事を命じるとフリッツは解散を命じた。
それぞれが準備の為、ブリーフィングルームから退出する。
だが、レフィアの様子がおかしい。
いつもならしつこい位に艦長に付きまとうものなのだが、今回は何か心此処にあらず、という感じに見受けられる。それに気が付いたタロスがレフィアに話かけた。
「よう、らしくないぜ、嬢ちゃん。」
その言葉にびくっと反応する。
「あ、タロス・・・。」
いつもならここで元気良く返事が返ってくるのだが、今回は生返事。
明らかにいつもと様子が違う。
「・・・知り合いでもいるのか?」
ざっくばらんで豪快、とタロスは見られがちだが実は感情の機微に通じている。細やかな配慮の出来る男なのだ。
レフィアはとっさに反論しようとするが、そこは年齢による経験の差。天才魔道士と呼ばれようが、まだ13歳である。簡単にタロスに見透かされてしまう。
「・・・敵わないなあ、タロスには。そう、タロスの思ったとおり。あの街、ノルスはね、私が幼い時に育った街・・・故郷、と言っても良い場所なの。」
そう言うと、レフィアは遠い目をして話し始める。

彼女はアルティング―王国評議会議員の家に生まれ、本人もその地位を受け継ぐ事が確定していた。
だが、その前にその他の、民の生活を知るべきだという母親の教育方針に従って、彼女の親戚のいるこのノルスの街に5年ほど預けられた事があった。
実際、その5年は彼女にとって楽しい事ばかりであった。
優しい近所の人々。自分がアルティングだ、という事を知っても変わらず友達でいてくれた幼馴染の女の子。MIST襲来の二年前、本国に帰還するその日など泣いて此処に残りたい、と駄々をこねたものである。
「近所のヤンおじさんはいつもお菓子をくれたし、ゼナ叔母さまの焼くパンなんて絶品なのよ。」
その事を懐かしそうに話すその姿は、本当にその街が好きだった事を物語っている。
「・・・成る程な、だから・・・」
その言葉のあとを、レフィアが引き継ぐ。
「・・・だから心配なの。無事かどうか・・・。」
そう言うと目を伏せる。
ややあって、レフィアは軽く伸びをする。
「う〜ん、やっぱり人に話すと違うね。少し気が楽になったみたい。」
顔を上げてタロスに軽く微笑む。
「ありがと、タロス。落ち込んでいたって、助けられるものも助けられなくなっちゃうものね。」
「そうそう、その意気その意気。」
「じゃ、あたしも準備あるし、またあとでね。」
多少元気になったレフィアはひらひら手を振ると、タロスと別れる。
「・・・さてと、俺も準備するか。」
後姿を見送ったあと、タロスも踵を返し、装備品を受け取りに向かった。
(ま、こんなご時世じゃあな・・・)
彼女も分かっている。生存圏の9割をMISTに奪われた地上で、この様な事件が起こればどうなるかという事を。それでも希望は捨てない。

それが、ナイトウイングスというものだから。

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