![]() |
||||
| 『0002:テスト』 「空母?」 大気圏を抜け雲の隙間から現れたのは確かに空母だった。 エンタープライズ級原子力空母。甲板にはガーランスの肩にあるものと同じ 『TEmpeST』という文字が書き込まれている。 「ああ、あれが私たちの母艦、エスペランザだ」 だが今彼らの乗る機体は自由落下中。いくらガーランスの出力が高いとはいえ重力 圏内で、この落下エネルギーを殺しきれるわけがない。 いまさら落下傘を展開したところで間に合わないだろう。 どん、という空気をたたく音とともに逆噴射。急減速。だが、まだ止まれない。 「おい、ローンベルク……!」 「ん?どうした、こわいか?」 そう言うのとともに落下傘を開き、さらにショルダーブースト。相当減速したが、 いまだ二本の脚で着地するには速すぎる。 と、甲板の上に何かがあるのがカズイの目に映った。ファンだろうか? そこから吐き出される暴風がガーランの落下傘を膨らませ、そのままヘリが着地す るかのごとくゆっくりと着地した。 「特別戦槍機隊フェンリル一番機プロトガーランス帰還した」 《了解。機体をトレーラーへ。お疲れ様ですローンベルク隊長》 彼女はそのまま横に着けられたトレーラーにガーランスを座らせる。バックパック が巨大すぎるせいで寝かせることができないのだ。 「ふう……」 「固定作業中のヘルメット着用義務は?」 「ここは軍隊ではない。普段ならパイロットスーツの装備すらしない」 カズイも一つため息をつきメットをはずし、そうしてまたこの傭兵団に帰ってきて しまったことを実感する。 カズイはとある事情から生まれてまもなく……いや、生まれた時点でこの巨大な傭 兵団『TEmpeST』にいたのである。生まれながらにして傭兵として教育を受 け、『内部代行一課』……通称『ウチイチ』と呼ばれる、傭兵団の中でも最強と謳わ れる部隊にヘリの操縦士ながらも最年少で所属した。 間違えてはいけないのは、このTEmpeSTが何も巨大人型兵器を駆り、バケモ ノを駆逐するだけが仕事ではないということだ。 彼らの仕事はもっぱら人間外のバケモノを駆逐することなのだ。具体的に言えば吸 血鬼や人狼などといった亜人。妖怪や鬼などといった幻獣。幽霊、竜族、悪魔に異星 人……そして神々やヒトにいたるまで……依頼があればどんな者へでも敵となり、す べてが灰になるまで駆除をする。 それが傭兵団TEmpeST。 軍ではないが軍以上の力を持つ。階級などというものは殆ど無く、指揮権も実力で 部隊を統治できる者にのみ与えられる。 人類を滅ぼす最有力候補とも言われる最悪の集団―――『TEmpeST』 語り部/カズイ。 「おいヒジリギ、固定作業は終わったぞ?降りないのか」 「……いや、降りるよ。ところで入隊を取り消すにはどうしたらいい?」 後悔からかそんなことを訊いてしまった。 「私を倒すことだな……そうしたら許可を出してやろう」 そんな事ができるわけ無いだろう…… このタリア・ローンベルクという女は、この狂った傭兵団で『隊長』と呼ばれてい るのである。通常パイロットでも高い格闘センスを持つことが普通の連中の中で、彼 女が異常なのは間違いない。 「ローンベルク隊長!」 と、キャットウォークに降り立ったローンベルクに少女が駆け寄ってきた。 「オシレイトソードの新型はどうでした?見た限りでは折れてないみたいですが… …」 「ああ、悪くない出来だ。私以外でもこの新米が使ったがこのとおりだ」 「新米ですか?確かに新入りでしょうけど、オシレイトソードを使いこなしておいて 新米は無いでしょう?腕は立つ……ですからここにいるんです」 少女は視線をローンベルクから俺に向ける。 「いくつですか?」 「忘れた」 「国籍は?」 「無い。どうせここにいる大半の連中に国籍なんて無いだろ」 「私はイタリア国籍ですけど」 こんなガキで国籍を持ってるような一般人が何でこんなヤバイ世界にいるんだか…… 「こいつはフィオ・コッツォリーノ。ガーランス整備主任だ。フィオ、この無愛想な 男はカズイ・ヒジリギ。ウチの新しいメンバーだ。あともう一人いるからMk-2を二 機、本部に発注しておけ」 「了解しました」 フィオはまるで形になっていない敬礼をしてキャットウォークをかけていく。 「案外驚かないな。あんな小娘が整備主任でなんとも思わないのか?」 この傭兵団じゃそんな珍しいことじゃないだろう。だから俺は応えない。ただ俺を この場所に誘った機体の顔を眺めておきたかった。 「俺もこの機体に乗るのか?」 「いや、貴様が乗るのはガーランスMk-2だ。出力はわずかに劣るかもしれないが安定 性は抜群によくなっている。コクピットも広いし操作性も向上しているはずだ」 「いまこのガーランスの出力を上回る機体は?」 安定性を求めるくらいならば機動力を求め、足りない分は腕で補え。これは俺に戦 装機戦を教えた男の言葉だ。実際誇張するわけじゃないが俺はその程度の腕を持って いると自負している。 「ここには無い。ガーランスを超えるとするなら『マキナサントス』か『紅の機体』 だけだ」 「マキナサントス?」 「知らないのか。神や魔が駆っていた機動兵器だ」 「神?悪魔?……ああ例え話か。神話か何かの……」 「神も魔も実在する人類の恐怖だよ。知らないのか?対神戦争を」 対神戦争……? 「アレ?タイチョーその人だれですか?」 不意に、背後から声がした。 「ああ、例のガーランスに二人乗りさせられた人ですね。大変だったでしょう?あの クソ狭いコクピットにすし詰めにされて」 「……ハッピーダーク?」 間違いない。彼女はガーランス……おそらくMk-2という機体で出撃していた連中の 一人だ。俺が唯一その戦闘スタイルを確認していないやつだが……ローンベルクは 『術』などと言っていただろうか? 「はい。ご名答。ベル・クラスティアといいます。賭け事をするときは誘ってくださ いね」 けけけ、と黒い笑みを見せる異質の彼女に何かイヤなものを感じた。 彼女はヤバイ。今の感じは……本能から怖いと感じた。 「アンタ強いだろ……」 「いえいえ、そんなことありませんよ……汚いだけで」 この女には……関わらない方がよさそうだ。 「ところでベル、『もう一人』のほうは?」 「現在医務室で治療を受けています。大丈夫ですレオが治療してますから」 「一度様子を見ておくか」 言って、面倒くさそうに頭をかきながら、彼女は踵を返した。 「あ、タイチョ。この人は?」 「お前に貸してやる。名前はカズイだ」 そんな人をモノみたいに…… っつーか、今日はもう休みたいんだが…… だがクラスティアがにんまりと厭な笑みを見せ、それに呼応して背筋に寒気が走 る。本来こういうことは平気な俺なのだが、壮絶に厭な予感が…… 「そうですか……うふふふふ」 「何……?その厭な笑い方?」 「いえ、シミュレーターで勝負しませんか?と」 「負けたらどうなる?」 「さあて?それは罰ゲームですから」 再びうしし、と笑う彼女に対し、ローンベルクは、 「あー後で私のところ連れてくること、こんな部隊でも登録は必要だ」 なんて止めを刺していった。 「クソ!待てローンベルク!!」 「ベル、そいつは強い。だがこの群に入ったからには、手を抜かずに丁重にもてなし てやれ」 「了解しやした!」 フェンリルという部隊名を掛けた洒落のつもりかそんな事を言い立ち去る。 こいつら……わざと俺のペースを乱してるんじゃないだろうか…… ↓ 私服がないのでパイロット用の隊服を借り、俺は擬似コクピットに納まっていた。 11Gまでの擬似重力を発生させられるガーランスMk-2のシミュレーター。確かに ガーランスよりもコクピットは広い。 「コイツが操縦桿……スロットルはここ。ッてことはこの余ったやつがドライブブー スト時の巡航操縦桿か」 よし、操作機器系はガードのそれと殆ど同じだ。マニュアル無しでやれと言われた ときはどうなるかとも思ったが、これならいけそうだ。 ここに入ってようやく落ち着いた。 先はクラスティアのあの雰囲気に飲み込まれてしまっていたが、冷静に思えばいく らなんでも彼女が俺に勝てるとは思えない。 《それじゃ、準備は良いですかカズイ?》 スピーカーからクラスティアの声。あまり話しかけないで早く始めてもらいたい。 さもないとまたペースが狂いかねない。 「ああ……とっととはじめよう」 《そんなこと言って、泣いても許してあげませんよ》 そのセリフをそのまま返すのも良いが、それでまた雰囲気に飲まれるのも面白くな い。 そうしてディスプレイに映し出される映像が変わった。そしてシミュレーター内の 重力が一瞬で低くなる。重力が無いわけではない。低くなったんだ。 月面か…… 「さてクラスティアの位置は……」 などと思いながらレーダーに目をやる。自分以外の光点は十一。その内で熱を持ち 動いてるものは八。つまるところ敵機数が……八! 「……おいクラスティア、どういう事だ?アンタ以外ともやるのか?」 《わたしはやりません。わたしがやるとは一言も言ってませんし》 「……なに……?」 《あなたが相手にするのは、フェンリル候補の研修生たちです》 ぶつり、と通信が切れると同時に、俺の機体を取り囲むようにして三機のガーラン スMk-2が現れた。 《コイツがフェンリルの新入りか?》 接触回線(コンタクトライン)を介して相手の声が伝わってくる。 《ああ、なんでもローンベルク隊長が気に入って連れてきたらしいですよ》 《まあどの道、三機で囲んじまえば腕を上げる暇も与えずに蜂の巣だ》 たしかに、既に銃を構えてる相手に対して俺の機体は銃も盾も構えていない。逃げ るにしても機体が同じだからいつまで経っても等距離での追いかけっこが続き、最終 的には集まってきたほかの連中に潰されるのがオチだろう。 なら、軽くしなければ。 俺は手に持っていたサブマシンガンと巨大な盾から手を離した。 《もう降参か?》 《いや軽くして逃げる―――》 「シナリオスタートだ」 ドライブブースト全開! 急加速のGが身体をシートに押し付ける間も無く、俺の機体は正面にいた機体のコ クピットに膝部近接兵器を叩き込んでいた。 メチャクチャにひしゃけるガーランスの胸部装甲。加速の運動エネルギーと武器に 元から与えられた威力とでコクピットはキレイに吹き飛んだ。 「一機目大破。パイロット戦死、運がよければ重傷。今の距離ならもうガーランスの 間合い内だぜ?お前らのほうが詳しいはずだ」 《クソ!》 相手がトリガーを引いたが、俺の機体はたった今倒したガーランスの盾の陰。銃弾 なんて届かない。 さてどうするかな。 そう思った頃、俺は既に粉塵をまきあげ、直上に向け月面を飛び立っていた。追っ てくる気配はない。ただ白い大地でこちらに向けて徹甲弾をばら撒いている。 ってことは、あと五機隠れれてやがるな…… 下の二人はトップクラスの雑魚……ただ様子見に使われてるだけだから気にしなくて いいか。 「なるほど……雑魚を倒さなきゃ強いやつは出てこないか……」 言った瞬間行く手を塞ぐ機体。 《ならわたしが相手をします》 女の声がした。意外と律儀なことに少なからず驚いた。 だけど得物はグレイブ。さっきの三人より個性があって『フェンリル向き』かもし れない。 「へえ、やっぱり正規の武装なんて持たないんだ。待ってな。今下の二人を片付けて くる」 呟き……敵前で急降下した。 降り立ったのは先の二機の間。 《くッ!》 《あッ!》 左右の敵機は同時に銃を上げ撃つのをやめる。 さすが同士討ちするほど間抜けでもないか……だけどその一瞬は十分な隙だ。 左側にいた敵に飛び込み、反応されたと思った頃には装甲の間にナイフを通し、回 路を切断した。ちなみにナイフは……腕のラックから出てきたらしい。 そのナイフでバックパックのドライブブーストのエンジン部を一突き。バチバチと 紫電を上げ、数秒後には爆発。 「二機目大破。パイロット戦死もしくは重傷。地面から空を見上げる時代は終わった んだよ」 爆炎にまぎれ再び飛び立つ。その手には先ほど捨てたはずのサブマシンガン。 しかし。 《まだだ、俺はまだ生きてるぞ》 「そのコトバがもう死んでる」 平行飛行してくながら銃を向けてくる。邪魔だ…… ドライブブーストの逆噴射で機体を急減速させ、真後ろを取る。手に持ったマシン ガンの安全装置は単射モード。 「三機目中破。パイロット戦死」 そう宣言してからFCSが相手をロックする前にトリガーを……引く。 瞬間、前を飛んでいた機体は失速し、灰の様な粉塵を巻き上げ静かの海に墜落して いった。 ↓ 語り部/ベル 「ヒュー、意外とやりますねぇ」 少し彼を見くびっていた。 とにかく速い。この速さならタイチョーに匹敵するのではないだろうか? 「ヒジリギの調子はどうだ?」 「たった今FCS無しで敵パイロットを射殺しましたよタイチョー」 シミュレーターから男が一人悪態を吐きながら這い出してくる。たった今カズイに 撃たれた男で、コンソールには戦死と通知されていた。 「……そんなことできるヤツが『紅』以外にいたとはな」 「わたしも実際に見るまでいないと思っていました」 FCS無し。うちの隊にはFCS 使っても(相手が止まってると)外すM11イング ラム見たいな砲手もいるが、さすがに火器管制なしとなると、まともに射撃なんて普 通は出来ない。 「それで残ってるのは何人だ?」 「五人です」 「ああ、お前らの代用品だな」 「ヒデェこと言うじゃんタリア」 がば、とタイチョーに抱きつく長身でショートブロンドの女性。 「タリアがつれてきた新入りテストしてるんだって?」 「ディジー……いつも言っているが後ろから抱きつくのはやめてくれ」 インパクトイエローことディジー・ボーチャード。 「いやー、タリアの華奢な体見てるとどーしても襲いたくなっちゃうわけだよ」 「……いいだろう。そんなに今回の出撃の始末書やヒジリギの記録付け、それとここ 数週間サボっていた出撃記録、私の代わりに書きたいか」 「出撃記録くらい毎回ちゃんとだせよ……」 「タイチョー事務仕事になると逃げ出す癖がありますからねえ……」 「ま、普通のOLなんて絶対出来ないわなあ」 「また逆コブラ喰らいたくなければ離れろディジー」 「…………」 まあ、それはさておき、大変なのはこれからですね。 ↓ 語り部/カズイ 「さて、待たせたな……次はテメエだ」 上空でこちらを見下ろしているガーランスに向け呟く。 「降りてきな。地上戦のほうがお好みだろ?」 《……そうですね。あなたは本気でやらなければ本当に殺してくる相手だ》 地に降り、グレイブを構える…… その構え方も中々隙が無く、恐らくは機体を降りても相当な腕前を持っているであろ うことが窺える。 そんな中俺は右手に持っていたサブマシンガンを捨てた。 《……空手で?舐めているのですか?》 「必要ない……というよりも俺はアンタが持っているそのグレイブが欲しいんだ」 《これを?》 「この部隊に入るんなら少し個性的な武装を使わなきゃいけないらしいからな。銃は あまり得意じゃないし」 言った瞬間、スピーカーから何人かの声で『嘘だ!』と怒鳴られた。さっきの火器 管制無しでの射撃が原因らしい。無視した。 《ち、舐められたものですね!》 ドライブブーストで一気に距離を詰めてくる! その勢いは俺の直前に迫るまで死ななかった。 そしてグレイブを一閃。 予測していた。だが交わせたのも偶然かもしれない。ガーランスなんだから速いの は当然だが、振り切るタイミングのよさは一級だった。 おそらくはそのグレイブの刃もオシレイト(超振動)ブレード。ガーランスの装甲程 度なら撫でるだけでチーズのごとく切り裂けるだろう。 「なあ?一つ訊いても良いか?」 《?》 「そこで高みの見物してるローンベルクたちにも訊くが……ガーランスと普通のガー ドの最大の違いってなんだ?」 そんなもの訊くまでも無い。 それは圧倒的な機動力と異常なまでの威力を誇る武装の数々。 だが俺はその内一つである武装を解除している。今の俺には機動力しかない。相手 とまったく同じ機動力だ。 どうせ相手と同じならな…… 「パージ」 言って、俺はバックパックを……ドライブブーストパックを切り離した。 《な!?》 今の光景を見ていた全員が驚愕の声を上げた。 はんっ、ざまあみろ。 《あなたはわたしを舐めてるのですか?》 「Mk-2の機構は大体把握した。アンタみたいな完全近接型を相手にするには十分だ」 《くッ!》 飛び込んできて長刀を袈裟に振る。キレもいい。よすぎるくらいだ。 それが型にはまり過ぎていて『外す』のは簡単だった。 ↓ 語り部/タリア 「おいおいタリア……あいつただの馬鹿なんじゃないのか?」 ディジーがそんなことを呟いた。 確かにガーランスのバックパックを外すなんてドライブブーストが爆発でも起こそ うとしない限り切り離したりしない。 だが、 「外れたな」 「外れ……?」 「合気だ。機械の間接は脆いからな。人間にかけるよりは幾分か簡単だろう……私に は及ばない」 それでもこの空母に居る屈強な男たちを一人残らず転がす程度の技は持っている。 「?どういうことだよタリア」 「ディジー、相手の右手首よく見てください」 「右手首?……あ、折れてる」 武器なんか使わなくても十分コイツはフェンリルらしいよ…… 《機械は素直で良いな。ヒドラにもやってみたんだが、やつらはサイズの割に関節が 利かないんだ》 《……さすがはローンベルク隊長がスカウトしただけのことはある》 《経験だ。アンタ死にかけたことは何回ある?アンタたちが訓練って名目で安全なと ころにぬくぬくと生きているとき、俺は生きるために戦ってたんだ。食っていくため に殺しあってたんだ。自分甘やかしてるような連中に負けるのは死んでもごめんだ ね!》 《甘やかしてるだと……?私は……私がしていることは無駄だと言うの!》 《はっきり言ってな。そんなことしてる暇があるのなら個人傭兵で売り出しな。あん たならいい娼婦になれるぜ》 《貴様……ッ!》 衝突する二つの機体。 ヒジリギは相手のグレイブを相手の左腕肩口から奪い取る。 残念ながら彼女はヒジリギの挑発のせいで、完全に頭に血が上っている。こうなる ともはや転がし放題。 右手と左腕を失ったガーランス……もはや戦闘は不能だろう。普通なら離脱する。 「離脱しろレベッカ、貴様の負けだ。いざとなった時の逃げる訓練も必要だ」 私はヒジリギの相手をしていた女性、レベッカに言った。 我々フェンリルが相手にするバケモノは捕虜など取らない。負ければ食われるん だ。逃げる技術だって必要なんだ。ヒジリギにも、私にもな…… 《チクショウ……了解しました、ローンベルク隊長》 レベッカだって納得はいかないだろうが、その辺りの理解はしてる。ここで逃げら れなければ、いつかはあのバケモノの餌になるんだ。 だから彼女はドライブブーストふかし離脱をはか――― 《させるかよ……!》 飛び立つ直前、ヒジリギの振るったグレイブが右側ドライブブーストを切断した。 《な!?》 バランスを失い墜落するレベッカ機。だがまだ動いていた。そしてヒジリギはその 前に立ちはだかる。 《立ちな。待っててやる》 《この……ふざけるな!》 残ったドライブブースト全開にし膝部近接兵器をヒジリギに叩き込もうと跳ぶ。 逃げられない状態ではベターな選択だろう。だがフェンリルであるなら…… 「今のところはダンスでスネをやるべきだっただろオイ」 そういったのはディジーだった。 彼女の中でダンスとはブレイクダンスのことらしい。そこから相手の足をすくう。 月面の重力は地球の六分の一。だからこそそのくらいの動きは可能なのだ。無理では ない。 「そうだな、白兵戦教官として後で教えておくよ……砲戦教官」 ちなみにフェンリル候補の白兵戦教官が私で砲戦教官がディジーだ。 ヒジリギは当然のことのようにレベッカの膝蹴りを回避した。数歩の後退。そこで 深く踏み込む。この動きは――――――グレイブのものじゃない。 「槍騎士(ランサー)か!!」 レベッカの間合いの外からコクピットへ向けて『砲弾』が叩き込まれる。 異常なまでの貫通力を持った突き。 一機目のときのように吹き飛んだりしない。 見事な……貫通だ。 《四機目中破。パイロット戦死。これで半分だ》 やられた……私の教えた中では上位五人に入るセンスの持ち主だぞ彼女は。それを こうもあっさりと…… 「やられたなタリア」 「私が拾った男にな……嫌味でやたらと強い、さらには上司に反発的。まったく、私 をTEmpeSTに引き込んだ男そっくりだ」 「『例の男』か?タリアがお熱だった?」 「ビックス、ウェッジ!二人ともよく聞け」 「げっ!人の教え子使う気かよ!?」 ビックスもウェッジも腕のいい砲手だ。射撃の腕だけならディジーよりいいくらい の。 《ローンベルク隊長!?》 《いったい何なんですかあの男は!》 「説明は後だ。貴様ら今どこに居る?」 もうこうなったら意地でもやつを倒さなければこちらのメンツにかかわる。 《月面方位でターゲットの西北西1500です》 《武装は対ヒドラAAバルカン。いつものホッホドルックプンペより射程は劣ります が、対G戦ではこちらが向いてると思い》 「120ミリガトリングか。ならその位地から撃ちまくれ。ヒジリギのドライブブース トは着いていない。そちらに着くのは最低でも三十秒後だ」 《了解!蜂の巣にしてやり―――うわ!何だ!》 《どうしたウェッジ!》 《メインカメラが……狙撃された?!》 《なんだと!まさか……やつの装備はサブマシンガンだけだけ―――うわッ!》 悲鳴と共にビックスのコクピット中継にノイズが走った。 客観視点カメラに目を移す。 ビックスの機体はグレイブの串刺しになり、やはりそれはコクピットがあろう場 所。 ヒジリギが投げたグレイブ。 「アイツはアキレウスの生まれ変わりかタリア?」 「訊くな。サブマシンガンで狙撃してくるようなヤツだ。もう何をしても不思議では ない」 装甲が多少分厚くなっているコクピット正面装甲を避け、それよりも遥かにメイン カメラを狙撃する。いくらMP5A4クルツを模し制度がよく、その上地上と違い風の影 響を受けないとはいえ、この距離で命中だ。 コイツには『界』がない……つまり距離による得意不得意がない。 「ウェッジ離脱を図れ」 《りょ、了解!》 ガトリングを捨て飛び立つ。 ヒジリギがその場にたどり着いた頃には、既にソラの彼方。だが彼はその場に落ち ていたビックス機、ウェッジ機の両ガトリングを拾い上げ両腕に装備する。 《六機目、大破。パイロット戦死》 一秒間に約百発放つガトリングが二つ同時に火を噴いた。 「こうなったら全滅も時間の問題ですね。タイチョー?」 「教育内容考え直さなきゃなぁ。あいつ等にゲリラとか軍からの依頼やらせた方がい いんじゃねえの?」 二人が口々に意見を言う。 「もうコイツの場合はそれ以前の問題だ。二人ともあいつの目の色を知っている か?」 「黒だったと思います」 応えたのはベル。『それだけか?』と訊いたが彼女はそれだけだと応えた。 「あいつの瞳は白なんだよ……」 白い瞳孔。まさかと思ったがこれではっきりした。そしてそれがどういうことなの かはディジーもベルも知らないだろう。もう十五年も前の話だ。 あの、施設からの生き残り…… 「タリア、またやられた。チェックだ」 「なら最後の一人のを退避させろ。私が出る」 ↓ 語り部/カズイ。 最後の一機がレーダーから消えた。 逃げられた? いや、戦闘領域から出たにしては突然すぎる。 分からない。 だけど操縦桿を握る手が震えていた。まるでヒドラを相手にするときのように…… 何かが来る。 《カズイ、状態をリセットしてドライブブーストを付け直してください》 「俺はこのままでかまわない」 《いえ、リセットしてください。それとそんなグレイブではなくちゃんとした騎兵槍 をロードします。いいですね?》 「……俺に何させる気だ?」 《オーディンにでもなったと思ってください》 オーディン……フェンリルに食い殺される北欧神話の主神。 じゃあなんだ?やっぱフェンリルの誰か……おそらく正式メンバーと戦うのだろう か? 《腕部オプションを選択してください。出来ればフル装備で……シミュレーターとは いえ気を抜くと怪我しますよ》 その前に腕部オプションとは何だろう?そんなことを思った瞬間だった。 ビ―――――!! アラート!接敵!? 《どこを見ている?上だヒジリギ》 接触回線から通信……この声は、まさか…… 「ローンベルク……」 《私は年と印象の割りに大人気ない性格だと自負している》 「自慢するなよそんなこと」 《候補官とはいえフェンリルをここまで手玉に取ったのは私以外ではお前が始めて だ。ここからは私とこのプロトガーランスが相手だ!》 「そいつはどうも」 ゆっくりと黒い機体が月面に降り立った。数時間前、俺を助けたガーランスが、今 目の前に敵として存在する。 《しかしまだ『月族』が生き残っているとは思わなかったよ》 「月族……?なんのことだ」 《知らないか。まあ無理もない。なら一つ訊いておこう……貴様の年齢は?孤児で あったとしても胸のバーコードに刻まれているはずだ》 俺は一瞬黙り考え込む。 このバーコードの存在を知ってるのは、ロシアにいたときに買った娼婦くらいのモ ンだぞ。しかも、その内容まで知っているときた。 タリア・ローンベルク。彼女は何か知っている。俺自身すら知らない俺の生まれに ついて…… 「……01年6月生。それだけだ」 《2001年だと?ナンバーは!?》 突然ローンベルクの口調が変わる。 「17」 《14から17の個体は処分されてるはずだぞ……》 「なあ、アンタの言ってることは訳が分からねえよ。なんだよこのバーコードは、ナ ンバーって……月族って何だよ!」 その問いにローンベルクは応えない。 応えてはくれなかった。 《こいつは接触回線じゃない。作戦行動用の秘匿回線だ。ほかのやつは聞いてない… …私の眼の色を知っているか?》 「そんなこと関係―――」 ない。と言おうとした瞬間だった。 ローンベルクの顔がモニターに映し出された。その眼差しは紛い様のない黄金。そ してその瞳は…… 「白い……瞳……?」 《私のナンバーは2だ。行くぞヒジリギ!》 プロトガーランスのドライブブーストが光り、一気に俺の間合いに飛び込んでき た。 拙い! そう思いながらも俺は飛び込んでくるプロトガーランスに向け突撃を放つ! タリアの機体は回避するために体勢を崩したが、槍の切っ先はコクピット装甲を削 る。 勝った……? 《甘いな……》 「チィッ!!」 スロットル全開! 真上に向かって飛翔する。 タリアの斬撃は何とか回避した。 だが―――俺の視界内に彼女の機体はいなかった。 彼女が月面を飛び立ったのは、一瞬の差とはいえ俺のあとだ。 だけどプロトガーランスの出力は、Mk-2を圧倒している。 だから彼女の機体は俺の更に上にいた。 《月族についてはあとで聞かせてやる。軽傷で済むといいな》 瞬間、『最姫』が振り下ろされ、シミュレーターが非常識なほど揺さぶられた。 ……To be continued. |
||||
| SEO | 花 | 無料レンタルサーバー ブログ SEO | |