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| 『0001:スカウト』 | |||||
| 世の中は偶然で成り立っている。 彼の隣で戦装機を駆り、銃を取っている男がいる事が偶然ならば、襲い掛かってきた怪物にその男が食い殺されてしまったことも偶然。 そして彼自身にその怪物が飛び掛らなかったことすらも偶然なのだ。 必然があるとすれば……彼らはここで死ぬ。 「こちらブラボーリーダー!弾が切れた。悪いが先に行く……」 その言葉に続き、無線から飛び込んだのは悲鳴だった。 彼等は戦装機(ガード)と呼ばれる人型兵器で,怪物(ヒドラ)と戦っていた。 戦装機(ガード)戦闘装甲機動兵(ガーディアンフレーム)と呼ばれる十メートル前後もある巨大人型兵器。 立体地形や遮蔽物の多い市街地などで戦車を圧倒し、ガンシップよりさらに高い小回りと瞬発力を保有、攻撃力は場合により戦艦に匹敵する超兵器。 さまざまな武装を使用し、そのときに応じてバラエティーに富んだ作戦が行え、兵器としてではなく災害救助、土木作業、さらには月面開発にいたるまで運用されている。 そして、この『宇宙空母』とも呼ばれる巨大ステーションにも戦装機は配備されていた。 人間のたった一つしかない脅威に対抗するため…… ヒドラ。 地球外獣脚類ヒドラ科。肉食。全長十五メートル弱。真空、および無重力での活動が可能な地球生物とは全く異なる生物。 二十一世紀初頭、木星の衛星、エウロパで発見された、史上初の地球外生命。 その身体能力はその巨体にあるまじきほどで、発達した外骨格は砲弾を通さない。背中の発光体からレーザーのような光を放つ。 人類にその姿を初めて直に見せたのはNASA月面基地。経った一頭のヒドラに対し、月面基地に配備されていた十二機の戦装機は全滅。その後、全職員を捕食。 怪物。 対人類兵器である戦装機なんてまるで受け付けないバケモノ。 それがヒドラである。 いまだ大気圏内への進入を許していないのはまさに奇跡であった。 そして本来この怪物は群で行動する。 ハンガーに銃声はなり続けた。 無意味に抵抗できる者が残る限り。 「畜生……!」 そう呟いた彼もその一人だった。 黒い目に白い瞳を持つ、カズイ・ヒジリギという名の傭兵。傭兵であるから金を払われればどんな仕事もやる。そのことに関して、カズイたち傭兵に与えられた仕事は楽なものだった。ただこの『宇宙空母』に滞在していればいいだけだったのだから。 そのときは楽な仕事だと思っていた。 だがその傭兵たちの働きが必要になったとき―――それは彼等の死を意味していた。 「次から次へと……!」 既にそのハンガーには、彼の戦装機以外誰も立っていない。 九十ミリスラグ弾を三発叩き込んでやっと貫ける外骨格を持つ化け物。それでもピンポイントで三発打ち込めば倒せるのだ。 ハンガーの入り口付近が狭いおかげでヒドラは一匹ずつしか入ってこないのが幸い。二匹以上を同時に相手にするのはいくらなんでも無理だ。 カズイは六匹目となるヒドラの胴体の中心に二発目のスラグ弾を打ち込む。 「ギシャアアアアアアア!!!」 外骨格にヒビが入る。 ヒドラのアギトを躱し、零距離でそのヒビにスラグ弾を打ち込む。 貫けた。 銃創に左腕を刳(えぐ)りこみ、その状態で腕に装備された固定機関砲のトリガーを引く。元が対ヒドラ用の武装では無いとは言え、体内からこの攻撃を与えれば十分に効果はある。さらに硬い外骨格が弾丸の貫通を許さず、跳弾が体内を暴れるという仕組みだ。 「次……!」 六匹目が倒れるのも待たずゲートに注意を向ける。 戦装機も通れる巨大なゲートからハンガー内にヒドラが侵入してくる。 「ったく、どうしようもねえのかよ」 ショットガンのフォアグリップを引く。その動きがアクションバーを伝わり機関部に届き、排莢及び装填を行う。 残弾数三。 後一匹を相手にするのがやっとの数だ。 重い足音をたて襲い来るヒドラ。 鋭い爪が引っ掻くようになぎ払われる。カズイは近くで倒れていた戦装機の脚をもぎ取り楯にした。どうせパイロットはヒドラの腹の中だ。そのパイロットを喰ったヤツも三匹目として既に処理した。 七匹目のヒドラのわき腹にスラグ弾を撃ち込む。 再装填(リロード)。 撃たれた衝撃で怯(ひる)んでいるところにもう一発。どうやらこのポイントが急所らしい。 『行ける!』 そう踏んだカズイはそのまま最後の弾丸を撃ちこむ。 だが…… 九十ミリスラグ弾はヒドラの外骨格に弾けた。 つまりヒドラの装甲を抜けなかった。 (な!?) 胸中でそう叫ぶ。 三発まったく同じ場所に撃ちこんだというのに貫けない。 ヒビは入っているがそれだけだ。そこから殴る蹴るで倒せるようなもんじゃない。最低でも戦車砲並の威力がなければ…… (そういえばヒドラの外骨格で二番目に厚い部位だっけ……) 額に続いて二番目に分厚い装甲。スラグ弾三発ではそれを貫くのに足りなかった。 先ほど怯んでいたのは厚い骨格が叩かれたその振動のせいだろう。 死ぬ。 自らのイージーミスを呪いつつ、カズイはそう覚悟した。 もう抵抗する手段がないのだから。 ―――ない? 「冗談……」 まだ戦装機という手足が残っている。 大きく開いたアギトが唾液を引く。 食いちぎられる。 そう理解した瞬間、意識もせず たった今 脚を?ぎ取った戦装機を起こし、ヒドラの牙を防ぐ。重力が弱い事も助けになり、約五トンある機体を持ち上げることは簡単だった。 まだ膝にある近接兵器が残っている事を思い出す。 「ギシャアアアアア!」 「――るせえよ……化物が!」 ヒドラの頭に手をかけて捕まえ、膝蹴りをわき腹のヒビに叩き込む。それと同時にインパクト!対戦装機・隣接兵器。ヒドラにだって十分効果はある。 隣接戦闘はヒドラの十八番。どの軍隊でもこんな戦法は決してやってはいけないと教育される。 だからどうした。生き残れるんだ。禁止なんてモノがあるわけ無い。 「ギシャアアアアア!?」 外骨格に穿たれた穴にさらに数発膝蹴りを打ち込む。 カズイの視界に手持ちのサブマシンガンが入る。誰が持ち出したものかはわからない こんなものヒドラの固い外骨格の前には意味を成さないと言うのに。 だが今のカズイにはどんな銃器でもありがたかった。 ヒドラの一瞬の隙を見てサブマシンガンに向かって跳ぶ。 跳び込み前転のように回転しながら銃を拾い、起き上がると同時にヒドラのわき腹に殆んど消費されていなかったマガジンから全ての弾を吐き出す。 MP5の機構を元にしているだけあって精度はいい。 「ギシャアアアアアアア!」 断末魔の悲鳴をあげる。 先にもあった通り、威力の低い弾はヒドラを貫通せず、体内で跳弾した。 「次だ……俺を殺すには生贄が少なすぎるぜッ!」 今度はハンガー内への進入も許さない。 ゲートのところで構えていた八匹目のヒドラの口内に左腕を殴りこみ、外に押し出す。 これも軍部では禁止(タブー)とする攻撃だ。確かに口内に装甲は無いが、次の行動にでる前に腕を食いちぎられ、戦力を失う恐れがあるからだ。 彼はそのまま銃爪を引いた。 首が内側からミンチにされ絶命する。 そこで初めてこの場所から月と太陽、そして地球が同時に見えていることに気づいた。 (故郷か……) 感傷に浸っている暇は無い。カズイのすぐ横には更に次のヒドラがいた。 「く!」 左腕が二の腕から毟(むし)り取られた。 持っていかれた左腕の機関砲のトリガーが誤作動で引かれたままになり、無重力の中 腕はロケットのように飛んでいってしまう。 「こんのォ!」 蹴りをいれ、ヒドラとの距離をとる。 しかし彼を取り囲むように次々とヒドラが集まって来ている。 この戦装機にヒドラを上回る無重力真空空間を飛行する能力は無い。逃げたところで追いつかれる。 「クソ……死ぬのか……」 ヒドラの背中から突起した発光体が光りだす。 正面の一匹と背後の二匹が光る。 生物発光でありながらレーザー級の熱をもつ光。 ヒドラと違い戦装機の軟い装甲など一発で穴が開く。それも複数だ。射線が同士討ちにならないよう、互いに味方を避けている辺り嫌味である。 そして彼を死へ誘(いざな)う閃光が視界を焼いた。 《死を受け入れるのもいいが、そのセンスは惜しいな》 無線から女の声がした。しかも接触回線(コンタクトライン)と言う特殊回線でだ。これはある程度の近さまで近づけば、自動的に無線回線が開くというもので、殆んど敵が人間ではなくなった現在 広く採用されている装備だ。 だがもう味方は残っていない。 何度も無線で味方に呼びかけたがだれも応答してこなかった。つまり彼以外は全員死んだことになる。 いやそれ以前に、カズイはまだ自分が生きている事が不思議だった。 「な……!?」 正面にいたヒドラの頭が無い。 切り落とされている。 じゃあ後ろにいた二匹は? そう思い振り返る。 しかし視界にヒドラは入らなかった。 目の前に何かいる。 漆黒。 右手には剣。戦装機の武装にこんな古典的な武器は無い。 左手には楯。巨大で、戦装機一機が簡単に隠れられる。 まるで騎士(ナイト)。 「戦装機(ガード)?」 だがその機体をカズイは見た事が無かった。どの国の、どの企業の戦装機もこんなんに巨大なバックパックは持っていない。 《違うな。そんな脆弱な機械と一緒にされてもらっては困る》 そう言って彼女は漆黒の機体を駆り、ヒドラへと襲い掛かる。 伊達に巨大なバックパックではない。一応楯を前にして反撃に供えてはいるが、ヒドラはそれに反応できなかった。 一閃。 あれほど苦戦させられていたヒドラの固い外骨格を無視し、真一文字に切り捨てる。 そこで機体を反転させカズイに向け投剣。カズイの機体をかすめ、その背後に迫っていたヒドラの額を貫いていた。 ヒドラが近づいていた事になんて気づかなかった。漆黒の機体のあまりの美しさに気を奪われていただろうか? 《こいつはこの怪物を駆逐する唯一の騎士、戦槍機(ガーランス)だ!》 ガーランス。 それが黒き守護装甲(ガーディアンフレーム)の名。 《一ついいことをおしえてやろう》 ガーランスに襲い掛かるヒドラを難なく躱し、その顎の下に拳銃を突きつける。 《直立姿勢と走行姿勢を切り替えるヒドラは、顎の下の装甲が極端に薄い。まあヒドラ同士が戦闘した場合、噛み付くにも引っ掻くにも、この箇所が攻撃しにくいからだという考えもあるがな》 マズルフラッシュの火と、空の薬莢が飛び出す。 たかが拳銃弾一発でヒドラは殺せる。 《なおこの位置が急所だということを知った兵士たちは、この箇所を狙うためわざわざヒドラの間合いに入ってしまう。禁止ではないが得策ともされていないから傭兵はこの曖昧な急所を知らない》 確かに懐に飛び込むのは危険すぎる。もしヒドラが下を向けば意味が無くなる。そして遠距離からでは絶対に狙えない。 「なるほど、確かにそんなトコ気づかないか」 《何をぼさっとしている!次が来るぞ!》 そう言った刹那。カズイ機をクローが襲う。 片腕だけの機体でその攻撃を捌き、やり過ごす。 「この……!」 勢いで背を見せるヒドラ。 武器は……? すぐ横で事切れていたヒドラの頭蓋からガーランスの剣を引き抜き、その背に向け…… 《待て!そいつは……!》 「……悪いな。とりあえずまだ生きときたいんだ」 片手で振り切った剣はヒドラを上下に分ける。 「……たいした切れ味だ」 苦もなくヒドラの外骨格を切断。多少は驚いたが、すぐに次に迫ってきていたヒドラに向かう。 真縦に叩き落した。 頭部から首、胸、腹、いたるは股間まで綺麗に両断。 「いい剣だ」 《……まさか私以外にその剣を扱えるやつがいるとはな》 「あ?」 《その剣は超振動ブレードなんだよ。名の通り振動してる上、長刀なせいで少しでも入射角が傾けば折れてしまう……はずなのだが、たいしたセンスだな。貴様は》 そう言いながらガーランスは次々とヒドラを駆逐していく。ナイフと拳銃だけで、だ。 「そう言うわりにアンタの動きも異常だよ」 おそらくはナイフも超振動ブレードなのだろう。なにせヒドラの外骨格をやすやす切り裂いけるほどだ。それゆえか彼女の全ての攻撃は頭狙い。反撃される危険性として最もリスクの高い頭に近接戦闘を仕掛ける。 《用は反撃の隙を与えなければいい。一撃必殺できるとすれば頭を狙うリスクなど無い》 今まで己の使っていた戦術がちゃちに見えてきた。 (その外骨格を貫ける戦装機用武装など無いだと?) じゃあ今カズイ自身が手にしている剣は? (近接戦闘を仕掛けるのは危険?) ならば今カズイの目の前で行われている殺戮はなんなのだろう? たった一機の……仮にも戦装機に類する兵器がヒドラを虐殺している? 「人間じゃねえ……」 《そうだな……人間様とでも名乗って欲しいか?》 『人間様』―――一部裏の世界では最も畏怖するべき対象として、その名を轟かせる人種。人を圧倒する能力をもつ人間。 「本物の人間様ってのはこの世に一人しかいねえだろ……」 《―――彼女を知っているのか?貴様には驚かされてばかりだな》 ガーランスがこちらに向き直り、自らの左肩を指差す。 『TEmpeST』 そうマーキングされていた。 そしてその単語にカズイは覚えがあった。 傭兵団TEmpeST。どの国にも属さず、独自の兵器を駆使。 神や悪魔に喧嘩を売れる、人間唯一の軍団。 「外部依頼部?」 《いや。我々はTEmpeST管理者の判断でここにいる。依頼を受けたわけではない》 ボランティアさ。と付け加える。 「つまりウチイチか?」 《厭そうな声だな。残念ながら最凶集団『内部依頼部一課(ウチイチ)』では無い。安心したか?》 「別に。あんまりいい記憶が無いだけ―――」 がくん! カズイの機体が倒れた。制御できず地に膝が着き倒れこむ。 バッテリー切れである。フル稼働で一時間半。よく動いたほうだ、などと思い自嘲気味に笑う。 「お喋りはここまでだな。生命維持装置に電源回すから無線もカットする」 《助けが来るとは限らんぞ?》 「こなかったら死ぬまでだろ」 絶望することには慣れている。 星の海で朽ち、運がよければ地球に落ちられる。最後は地球に戻りたいなどとロマンチックな事を言うわけではないのに…… 《貴様はTEmpeSTが嫌いか?》 「好きじゃないだけだ」 《なら話は早い。私とともに来てもらおう》 何の脈絡もなしに彼女はそう言った。 「……連行?」 《スカウトだよ。そのセンスを見殺しにするのはナンセンスだとは思わんか?》 藪から棒に言う彼女に対し、カズイ自身は呆気に取られていた。 《この『宇宙空母』は国連により核攻撃される。ヒドラ駆逐のためだ。我々その前に生存者の救助と言う名目でここに来ている》 カズイの事など無視して彼女は淡々と言葉を紡ぐ。 《だが我々がここに来たのは救援信号が来てから一時間以上たってからだ。なぜだかわかるか?》 解らない。そもそも資本主義塊であるはずのTEmpeSTがボランティアで人命救助。それこそありえない話だった。 《生き残りがいるとすれば、我々クラスのセンスを持っているもののみだ。いうなれば入社試験といったところだな》 「それに俺は合格したと?」 苦笑を浮かべ、カズイは言った。 何人もヒドラの餌になった。 人道家じゃないが、中には友人と呼べる者もいた。 「俺はそのやり方が嫌でTEmpeSTを離れたんだ」 《好きにしろ。ちなみにこちらの通信ではもう一人生き残りがいたらしい。そいつは素直にこちら側に来たそうだ》 おそらく、ガーランスのパイロットはコクピットでほくそ笑んでいるのであろう。 だが今のカズイにできる事は無い。 ただ死ぬのを待つだけ…… 「クソ……行ってやろうじゃねえか」 そう言ってカズイは機体の顔をガーランスに向ける。 「だけどあんたたちの事は嫌いだよ」 《フ……急ぐぞ。十分後には核を積んだペガサスミサイルが到達する。機体をいったん降りてこちらに来い》 カズイの乗っていた機体はもう動かない。 すぐに緊急脱出用のハッチ破棄し宇宙空間に踊り出る。広く、障害のない世界。受け止めてくれるものがいなければどこまでも飛んでいってしまう。 (……あんなヤツに受けてもらおうだなんてな……) また、苦笑いを浮かべる。 それ以前にヒドラだらけだというのに余裕がある。 《今ハッチを開ける》 ガーランス首付け根にあるハッチがスライドして開く。それと同時に内部の空気が真空空間に吐き出され、突風となる。 この辺りの機構を見る限りではガーランスも所詮戦装機と言ったところだった。 が、シートに降りようとしてカズイは絶句する。 「副座じゃねえのか?」 《誰がそんな事を言った?》 そう言って彼女はカズイにコードを渡し、ヘルメットの外部端子に繋ぐように指示する。これだけの距離で無線を使うのもバカらしい上、回線を一つ占領するのも問題だからである。 「しかし狭すぎるぞ」 「仕方ないだろ。コクピット周りは、ただでさえ狭い『ウルフマン』のコクピットに、スロットルだの操縦桿だのを詰め込んだんだ」 GF20ウルフマン。カズイ自信が今まで乗っていたものと同じである。 「試作機?」 「まあな。コクピットブロックはおおむね流用だ」 スロットルや速度計、燃料計にブーストゲージ。どれも無理やりビスなどでくっつけてあり、酷いものになると両面テープで接着されているありさまだった。 アレだけの性能を誇る気体の心臓部としては無様すぎる。 カズイは女の前に中腰になっている状態だった。 「そこで落ち着くというのならフットペダルと操縦桿を任せる」 「立ったまま操縦させる気かよ!?」 GF20の宇宙空間での巡航速度は1.8M。最高速度ともなれば3Mに到達する。少なくともガーランスはそれ以上の速度で飛び、そんな中立ったまま操縦桿を握ればGで操縦なんてできたもんじゃない。 「貴様は早とちりがすぎるな。いいから座れ。早くしなければ次のヒドラが出てくるぞ」 ベルトの長さを調整し二人まとめて締める。凍てつくほど寒かった宇宙空間から一変して背中にぬくもりを感じる。 「お、おい……!」 「どうした、キツイか?もう少し締めなければブラックアウトを起こすぞ」 そう言って彼女は更にベルトを締めた。 《メーデー!メーデー!こちらインパクトイエロー!ケツに着かれた!何とかしてくれ!》 不意に外部無線から女の声。見れば多数のヒドラに追われるガーランスがいた。光の尾を引きながらカズイたちの上空をかすめる。 「何をしている!Mk2の性能なら振り切るなり、撃ち殺すなりできるだろ!」 《無茶言うなよタリア!こっちゃ怪我人乗せてるんだぞ!こんな状態でアクロバットできるかよ!》 「世話を焼かせる……!」 機体を反転させ、カズイの戦装機が握ったままであった超振動ブレードを取り戻すと、レーダを横目で確認。今の機体―――インパクトイエローがどこにいったか把握する。 「貴様の名は?」 「あ?」 「名前だ!貴様と呼ぶのは不便だ。私はタリア・ローンベルク、この部隊の隊長だ!」 「俺は……カズイ・ヒジリギだ」 短くそう名乗り、カズイはスロットルバーを全開にしインパクトイエローを追う。 大気圏内で飛ぶ戦闘機と並ぶ加速力とG。空気抵抗も無いのに操縦桿が揺さぶられる。とんでもないじゃじゃ馬だ。それに耐えながら数秒でインパクトイエローに追いつく。 逆噴射(バックブースト)側面噴射(サイドブースト)で姿勢をとり一匹のヒドラと平行に飛ぶ。 「ぶつけろ!」 断片的すぎるほどにローンベルクが命令する。それに従いカズイはガーランスの操縦桿をきる。 衝突の瞬間に四肢のバランスで回転(ロール)。 ヒドラの数十センチ横をすり抜け、その背中に超振動刀を深々と突き立てる。さらに剣の刃を返し、頭のほうへ切り上げた。背中から頭まで両断されたヒドラは失速。 そこから飛び立ち、次のヒドラの行く手に回り込む。 「いい判断だヒジリギ!」 「そいつはどうも!」 ヒドラの頭部を鷲掴みにし、その顎に膝部隣接ロケットを叩き込む! 《ヒューイ!どうしたんだいタリア?いつもよりアクロバットに磨きがかかってるじゃないかよ》 「……インパクトイエローへ。余裕があるのなら残り六匹自分で片付けたらどうだ?」 《悪いねえ。ホッホドルックプンペ・ドライの残弾は残り一発ずつだ。そう簡単には使えねえよ。それよか前!避けねえともろに喰らうぞ!》 正面にヒドラ。 正面といってもガーランスは背を前にして飛んでいる。さすがに真後ろに向かって攻撃する手段は無――― 「ブラボーグレー、後ろのを頼む」 《イエス!》 ローンベルクの言葉を待っていたかのように、またもう一機ガーランスが躍り込む。 その手にはハンマー。槌部分はさほど大きくないが、柄が戦装機の全長に匹敵する長さ。余りにも無骨で黒い騎士(ガーランス)に似合わぬ兵装。 《弾けろやッ!》 大上段から振り下ろされるハンマー。打撃武器などでヒドラに立ち向かえるはずがない。なのに――― インパクトの瞬間ヒドラは口や外骨格の隙間から黒い血を撒き散らした。 「な!?」 「ヤツの使ってる武装もこの剣と同じ超振動兵器だ。叩き付けた瞬間その振動を相手の体内に響かせ内臓から破壊する」 「えぐい兵器だな……」 「兵器だからな」 追いついた。インパクトイエローに張り付いたヒドラは残り五匹。ガーランスの性能をもってすれば三十秒とかからないだろう。 「妙だな……」 ローンベルクが独り言のように呟く。 「妙って何が?」 「たった一機をなぜここまで固執して追いかける?まさかとは思うが……」 ローンベルクの声はあきらかに不機嫌の色を示している。そして良く見ればインパクトイエローはガーランスとしては少し大きなシルエットをしている…… ―――ちがう。機体そのもの……ガーランスMk2はローンベルクのガーランスよりやや小型だった。何かを担いでいるのだ。 「あの愚か者が……ポッドなんて担いでいたら出力が落ちるに決まっているだろう!」 「しかも、脇に抱えてるのは戦装機の上半身か……」 ポッドとは言葉どおり脱出ポッドのことだ。推進機能など積んでいないくせに、ヒドラの群から逃げようと使用されたのだろう。 「ディジー!貴様、遮熱楯は?」 初めてインパクトイエローのパイロットの名が呼ばれた。 《捨てちまったよ!ちなみにこいつらは隊長の行ったハンガーの隣で拾ったんすよ!仕方ないでしょうコイツが命かけて守ってたもんなんですから》 コイツとは脇に抱えた戦装機のパイロットの事だろう。機体がバラバラになるまで戦い抜き、その戦装機は既にコクピットブロックと頭だけしかない。 「当然だ。命を賭けて守っていた物を捨ててきたなんて言ったら私がお前を殺してるところだ!」 「え?」 タリアの言葉に先との矛盾を覚えたがその瞬間、ローンベルクはカズイを無視してスロットルに手をかけ、最大速度で二匹のヒドラに突っ込んでいく。 剣が逆手に持ち直され二匹のヒドラを一瞬にして切り裂いた。 「全機に伝達!離脱する!」 《ブラボーグレー了解》 《インパクトイエロー了解。って言うかあと三匹何とかしてくれよタリア》 「自分で掘った墓穴だ。一度くらい大人しく埋まってみればどうだ?」 《生憎その気はねえよ。オレにやらせてえんなら、こいつら持ってってくれねえか?Mk2よりそっちの方が出力高ェんだから》 よかろう。と一言答え、ローンベルクはディジーと呼ばれた女からポッドと戦装機の上半身を受け取る。そこでインパクトイエローは反転。 武装など持ってはいな―――い…… カズイはそう思っていた。だがそれは早合点。 肩と脇、そして脚部に着いた『何か』が動いた。 「なんだよあれ……」 「あまり操縦中によそ見するのは感心しないが。まあ見ていろ」 ローンベルクはまたにやりと笑みを見せる。 それは厳ついキャノン砲。戦艦の艦砲の様な大砲が、両肩両脇両脚に一門ずつ、計六門。 「待てよ!いくらキャノンとは言っても……!」 だが銃爪は引かれた。 その瞬間、銃口と銃身にあいた穴に火がともる。 砲弾が闇を切り裂く。だが……ヒドラの外骨格を抜けるわけが――― 刳った。 全ての砲弾がその威力のみでヒドラの装甲を撃ちぬいた。先のハンマーの原理は解る。だがこの砲弾は威力のみで穿った。 「ホッホドルックプンペ・ドライ。あれは今現在、殲掃兵器を除いて唯一やつらの外骨格を撃ちぬける兵器でな」 《それでオレは誰と一緒に地球(した)に降りればいい?》 何事もなかったかのようにインパクトイエローは問いを投げつけてくる。言い合ってはいるが、この二人の信頼関係はいいようだ。 「こっちはMk2より大きいんだ。Mk2同士レオの楯に入れ。それで―――さっきから返事がないがハッピーダーク!生きているんだろうな?!」 《こちらハッピーダーク。もう生存者はいないみたいでねぇ》 新しい女の声がした。コードはハッピーダークというらしい。 「それでなんで応答がなかった」 《それはぁ……複雑と言うか込み入ったと言うか……》 「『能力』を使っていたのか貴様……」 《すみませんタイチョー》 「それで一匹残らず駆逐したんだろうな?」 《はい、『能力』の影響を受けた固体は全て……ただポーンクラスばかりだったので、全滅に追い込む事は出来ませんでした》 ポーンとはヒドラのクラスである。さほど強くなく、やろうと思えばガーランスでなくともカズイのように撃破できるが、数が多い。前に進む事しか能のない化物だが、群の規模は最大なのだ。 「三人とも無事だな?」 《インパクトイエロー、見ての通りだ》 《こちらブラボーグレー、俺様は健在だ》 《ハッピーダーク。前の二人が無事な状態で死ねませんよ》 真っ黒の機体にまるで場違いの明るい連中。 カズイが今まで勤めていた『宇宙空母』が後方に小さくなっていく。そして光った。どうやら国連により核攻撃が始まったらしい。 「……ローンベルク」 「隊長と呼べ」 彼女は楽しむかのように応えてくる。カズイは――― 「やっぱアンタらは好きになれねえ」 それが嫌いであった。 「そのうち慣れる。全機突入準備」 楯を構え直し、入射角を計算。 インパクトイエローがブラボーグレーの後ろにつき楯に入る。 「突入まで三十。カウントダウンかい―――」 《待ったタイチョー!後方より高速接近物体、感!》 後ろ? レーダーには確かにたった一つの影。こちらが突入調整で速度をおとしている事もあり、その距離は眼に見えて縮んでいる。 「この飛行パターン……ナイトクラスか」 「ナイト?」 「ポーンが進化したモノだ。人類と奴等が争う……いや、責任転嫁だったな。奴等が我が部隊と争う内に超振動ブレードに対抗するために生まれた亜種だ」 進化……した? この部隊(フェンリル)とヒドラが戦争を始めてからどんなに長くとも二年が限界だ。なにしろ戦装機が開発されたのも、ヒドラが現れたのも二年前のことだ。 「その短期間で進化したってのか!?」 「短期間どころかたった一回経験するだけで奴等は我々をコピーし進化する。さすがに核兵器だのなんだのと言った戦略級兵器は無理だったらしいがな」 だからさっき『能力』が何とかとか言っていたのか。その『能力』というのが新しい形の兵器で、それをコピーされるのは確かによろしくないだろう。 「ブレード程度ならば持っていかれる。その結果、両手小指にあたる部位が異常進化し、剣のようになったというわけだ」 「それでナイト……まったく、どこまでバケモノだよ」 俺は気持ちだけ後ろを向き、その存在を意識する。 《で?どうするんだタリア?加速すれば振りきれるゼ?》 「いや、突入ブレだけは避けたい。それに奴を地球に落すわけにはいかん。お前らは先に行け。私はやつを駆逐後に降りる」 《は!?》 《おいおい隊長!そう言うことなら俺様が引き受けるぜ。インパクトイエローはベルと一緒に降ろすって事で》 ブラボーグレーからの通信。あのハンマーの男だ。 「いや、貴様に万が一死なれると何かと問題がある。同様にベル、貴様の能力が進化の引き金になりかねん。そしてディジーは既に残弾が少ない。それに……」 《それに?》 「何しろ私が一番強い」 《うわ!むかつく!》 《でもタイチョーがうちで最強なのは事実ですよレオ……》 ローンベルクは既に突入コースをはずれ、迎撃に向かいだしている。ナイトクラスともなれば運動性はガーランス並である。援護射撃はどうせ当たらない。そんなことに高い弾薬を無駄にしたくは無いのだ。よって自分意外残る必要は無いと踏んだのだろう。 《じゃ任せるぜタリア。新入りもがんばれよ!》 新入りとはカズイのことか……それに応えもせずカズイは操縦桿を切り、百八十度反転した。 まだ敵ヒドラは視界内に現れない。 もとGF20(ウルフマン)だった名残のレーダーは地上用の二次元的なもので、こんなものただの目安にしかならない。 頼りになるのは経験と言う名の勘。 「十時方向、上十一度と言ったところか」 「さすがは隊長さん。……ぶつけるぞ!」 スロットルを全開に開け放つ。 機体がぶれる。だがここで一度でもずらす訳には行かない。ずれれば相手は彼ら背にいるフェンリルのメンバーに向かうだろう。まかされた以上ここで食い止めなければいけない。 ヒドラの白い外骨格が視界に入ったと思う刹那――― 白い怪物(ヒドラ)と黒い騎士(ガーランス)は衝突していた。 袈裟懸けに振り下ろした超振動ブレードを、ヒドラの二つの剣が十字に受け止めている。 「ふん、私の剣を受け止めるか。大したものじゃないか……」 人と化け物の鍔迫り合い。 ローンベルクの操縦技術とヒドラの剣技術は拮抗。弾く事も流す事も離れる事もできない。 だが出力だけならこちらの方が上だった。そのまま相手を押し戻し、そこに浮いていたスペースデブリ……デブリとは言っても数百メートル四方の鉄の板だ。それにヒドラを叩き付ける! 「何だここは?」 「ふむ、ヒドラの襲撃により沈んだステーションの一つだろう」 十メートル強の機体には広すぎるほどで、ガーランスとヒドラが決闘するのに十分。 間合いは三十メートルほど。 そしてローンベルクは剣を『車』に……『八相の構えで刀を斜め下に向けた構え』に構えさせた。 「アンタ、騎士じゃなくて侍なんだな」 「私の師がな。判るのか?」 「構え方が技の行使を前提にしてる。騎士は基本的に、技より勢いと腕力で攻めるからそういう風には構えない。こういう構えを取る奴とはよほどの自身が無い限り一対一になるなと教えられた」 忌々しい記憶を思い出すかのようにカズイは言う。現にこれを教えた男はカズイにとって厭な記憶でしかない。 「それで?貴様から見て奴はどうだ?」 「あん?ただのトーシロだ」 メットの中でローンベルクはニヤリと笑みを浮かべた。それはカズイには見えなかったが、なんとなく気配でわかる。 「行け!ヒジリギ!」 カズイはスロットルではなく両足フットバーを踏み込み、ダッシュブーストで一気にヒドラとの間合いを詰める。 すれ違い様に剣閃。 火花を散らし交わる刃。 すれ違った直後には機体を横滑りさせブレーキをかける。鉄の破片が飛び散らし機体が言う事を効かない。 「スロットル全開。ローンベルク対G!」 「隊長と呼べ」 今度はダッシュブーストではなく飛行用のドライブブースト。一気に加速しヒドラの視界から去る。 さらに一瞬スロットルを戻し、九十度旋回。相手ヒドラを正面に捕らえた。そしてすぐ次の瞬間にはまたスロットルを開き、再びヒドラに向かって突進した。 交錯と共に一閃! 低く飛びながらヒドラの『剣』を手首ごと斬り落す。 ブーストの慣性で機体は止まらず、また地面にガリガリと跡を残しランディングする。 「ドライブブースト時に直角旋回(ブレイクターン)か,よくもまあそんな面倒な上、何度の高い技をするもんだ。メカニックが見たら泣くぞ」 「アンタはその難しいタイミングとやらで、アンタはしっかり相手に攻撃できてるじゃねえか」 「当然だ。……それで?次は奇襲など通じないぞ?」 相手ヒドラの剣は右手の一振りになっている。優勢になっている。そのはずなのに……何か、違和感を感じる。 「気づいたか?奴に隙がなくなったのを……」 「確かに……素人目じゃどう踏み込んでいいか判らないほどだな」 そしてヒドラは構えた。 八相から派生した構え。 『車』 「ヤツめ……今ので学習しただと?あんな剣術とも呼べない剣を……」 「偶然だろ」 だがあきらかにヤツはこの構えの本心を理解している。 話し合いが通じないのが不思議な物だな。などとローンベルクは皮肉をこぼした。 「それは違うぞ。この世は必然で成り立っているんだ」 「偶然だよ。俺が生きてるのも、あんたがここに現れたのも、俺がフェンリルに戻ることになったのも全部偶然だ」 「貴様がGF20(ウルフマン)なんかでヒドラに引けを取らないことや、一瞬でフェンリルの操航を理解できたことは必然だろう?」 カズイと真逆の考え。 この世は偶然で成り立つ。 この世は必然で成り立つ。 カズイと真逆の考え。 |
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